2010年1月31日日曜日

小林たけし「ユンタ」


1979年オアシスレコードからリリースされた。
アコースティック・ギターのインスツルメント・アルバム。
それ以前1975年頃、小林たけしが発行していた
TAB譜冊子「Sound Hole」を購入していた。

確か その関係で LP発売の案内をもらったと記憶している。

アコギ、フィンガー・ピッキング、
インスツルメント、ラグ・タイムのキーワードでの、
日本のギタリストは、当時は中川イサト師匠と有山じゅんじだった。
TAB譜も1310師匠で知った。

このLPにも、ラグ・タイムもあるが、
ユンタ、さくら幻想曲等のオリジナル曲を演奏する試みもされている。
繊細なギター・サウンドだったと記憶している。

実は Sound Holeを手にした頃 
解散前の林亭をシアターグリーンで聞いた事もあって、 
小林たけしが元林亭の林ひろし(小林政広監督)と思い込んでいた。
その思い込みも 間違いで、佐久間順平と大江田信が、
林ひろしと出会った事で 林亭と名乗る様になったので、
林亭と林ひろしは、極めて近い間柄だが、林亭のメンバーではなかった。
そんな思い込みが間違いだった事を知ったのも、
この「ユンタ」のLPを聞いた頃だった。

たさんへ ここにコンタクトしてね (4月25日 追記)

馬来西亞 ニュース こぼれ話

・大格闘
① ニシキヘビとコブラの格闘
 イポーで 2mのニシキヘビと4mのコブラが格闘。
 両者ヘロヘロになって、ドロー。
② 大ワニと男の異種格闘技
 サラワクの川で 6mの大ワニに襲われた男が、
禁じ手の眼潰しで、大ワニに勝利。
 
格闘技好きの総経理には、堪らないお話し。

・爆竹の密輸入
 中国正月が近づく この時期 恒例の爆竹密輸入の摘発が多くなっている。
 馬来西亞では、爆竹の販売・使用は、禁止されている。
 爆竹の鳴らない中国正月なんて、中国正月じゃないって事で、
 密輸が後を絶たない。
 
でもね、夜中に爆竹 鳴らされると うるさいだけなんだけど。

・KL PLAZA 改装中
 吉隆坡の銀座Bukit Bintangにある
老舗ショッピング・コンプレックスのKL PLAZAが全面改装中。

 15,6年前に、高層コンドミニアムが一棟 横倒しになった事があった。
 その時に、KL周辺の危険な建築物のひとつに挙がっていたのが、
このKL PLAZAだったっけ。
全面改装で、ハッキングなんぞ バリバリやっても 大丈夫なのかな?

・今日は、ヒンヅー教の御祭タイプ―サム(Thaipusam)
あんな こんなで 見てる方が痛くなる トランス祭り。
 興味のある人は、ぐぐって見てね!

2010年1月29日金曜日

昼飯放浪記

歩いて行けた華人経営のレストランが、昨年末 突然閉店した。
この店で 15年間 ほぼ毎日 昼飯を食べていた。
メニューも頭に入っているので、味や料理のバリエーションを考えて、
毎日 違うものを注文できた。昼飯代お茶込 5RM弱(150円弱)
今週から オーナーが代わって、リニューアル・オープンした。
まだ、メニューと昼飯代の全貌は見えない。

この4週間は、昼飯放浪者となった。

まず、同じく歩いて行ける日本風ラーメン屋に行った。
麺の種類が変らない事や、炒め物の味付けの単純さで、
続くと飽きてしまう。しかも 遅い。昼飯代 10~15RM。

車で、5~15分位のところの華人系レストランを数件渡り歩く。
大概の華人系レストランは、店の中に何軒かの単品屋台が並ぶ形式。
まぁ、毎日味付けや種類の違う麺やぶっかけ飯、
チキンライス、チャーシュウライスを食べる事ができる。
昼飯代 5RM弱。
ただ問題は、行って、食べて、帰って来ると昼休みが終わってしまう。
どころか 昼休み過ぎに戻る事も。

歩いて行ける所に、マレー料理やインド料理もあるのだが、
ココナッツ入りカリー、揚げた鶏肉、揚げた小魚、タンドリー・チキン、
華人料理に比べて、オカズが単調なのだ。4RM位。

また、昼飯放浪記とならない様に、
新しくなったレストランが、So Soであって欲しいと願う 今日この頃。

今晩は、副業ボーリング大会 バウチャーでピザハット。
夕飯の写真無し。

良い子はみんな お休み。

2010年1月28日木曜日

豊田勇造は、もう タイに居るのだろうか?

冬のLiveを終えて、勇造さんは、3月中旬位まで、充電期間。
タイに行って、周辺諸国も 旅するんだろうな。
吉隆坡に来て、「醇豆腐」食べに行こうよ。ねぇ、ヒバリさん!
ツァーとは、違う旅で、ゆっくり充電して、春からまた唄ってね。

84、5年頃から勇造さんとカラワンとの親交が深まり、
タイ好きの人達から、Liveのお知らせが来る様になった。
主催者の方々から御誘いを頂いたけれど、
あ無公を遊眠した総経理は、かなり失礼してしまった。
余談だけど、その頃の主催者に神谷一義さんの名前がある。
Off-noteの主宰者と同一人物かな?

87年5月発行 「勇造通信Vol.3」 B5一枚 片面印刷。
青森から宮崎まで会員75名。土田会長の後記に、「出羽!」が無い。

88年4月のカセット・アルバム製作のお知らせ。
アルバム・タイトルは「ポチャナ」 ほえっ!?
5回目の一口出資制、これが最後じゃないかな。
この時は出資しなかったが、
76年からの追っかけで初めて、ケースにサインを貰った。

88年8月 勇造さんから タイに住むよって連絡があった。
4年後、入れ違いで 総経理は 馬来西亞に住む様になった。

ハヤシライス、サラダ、目玉焼き、オニオン・スープ

勇造幼馴染のおっちゃんが、昨日 久し振りに営業しに来よった。
円山の後、桃谷のガレージに、勇ちゃん 聞きに行ったでぇ、
今回 関空でインドのビザ切れ発覚、インドへは出直しや、
タイも行かなアカンし、タイで勇ちゃんに会えまっしゃろか?とか。
一人で喋くって 帰らはった おっちゃん 何しに来たん?
自分のローカル・スタッフ 横で寝てたでぇ!

アジアの片隅で 良い子は、みんな お休み。

2010年1月27日水曜日

ジャケ買いシリーズ Blue Mountainの犬ジャケ

犬、猫、鶏ジャケットで盛り上がっている板は ここ。さらに豚
Blue Mountainと名乗るトリオCary Hudsonギター、Laurie Stirrattベース、
Frank Coutchドラムの「Dog Days」(1995)と「Homegrown」(1997)も
98年頃に 吉隆坡のCD屋で ジャケ買いした。


ジャケ買いの理由は、どちらのジャケにも 犬が写っていた事。
「Homegrown」のジャケの雰囲気が、カントリー・ロックっぽかった事。

サウンドは、カントリーとロックンロール。
楽器もフィドル、マンドリン、バンジョーやらと
メンバーが持ち替えて、演奏している。
ほのぼのと暖かみのある音。

その後、吉隆坡のCD屋には、入荷しなくなり、
この2枚しか、持っていない。

ネットで調べてみると、「Dog Days」以前に1枚、
「Homegrown」後3枚のアルバムをリリースし、2001年に解散。
2008年にリユニオンして、2枚のアルバムをリリースした。
Cary HudsonとLaurie Stirrattの夫婦デュオが中心で、
ドラマーは入れ替わっていた様だ。
当時は知らなかったが、オルタナ・カントリー系と言うそうだ。
そんな事は、どうでもいいんだけどね。

馬来西亞で こんなん聞く奴がいるのかってCDを
ポツリポツリと入荷していたTower Records Malaysiaも
今は もう 撤退している。

この投稿で100回目(次期総経理雪ん子含む)!
♪振り返るには早すぎる♪ 


ナンプラー肉野菜炒め、サラダ、牛蒡・油揚げ・里芋・卵の味噌汁
ゴマ塩ご飯

2010年1月26日火曜日

梱包された犬

総経理は、学生の頃 演劇部に入部していた。
3年生の春 新歓公演で 竹内銃一郎の「悲惨な戦争」をやった。
ある家庭が局所的に攻撃されるお芝居。
このお芝居の内容や竹内銃一郎の真意を理解する事も出来ないのに、
単純にそのシチュエーションを面白がった。
所詮 学生の御遊びです。

総経理がやった役は、その家庭で「犬」として扱われる男。
内面的な役作りなんぞ出来ないので、外面的な役作りばかり。
犬の役だから、首輪をしてなければならんと、
土佐出身の同級生から、実際に闘犬が着用した血痕、抜けた毛付き、
犬の匂いがする首輪を入手した。
当時 猫十字社の「黒のもんもん組」が好きだったので、
衣装は、上半身裸、モンペ地下足袋、ドレッドヘヤ―とした。
これだけだと、インパクトが少ないので、
体育館座りの状態で、模造紙に梱包されて、担ぎ込まれて登場する事にした。
客入れ前(開演30分以上前)に、梱包され 教壇に置かれた。
馬鹿ですね。

未だ肌寒い春だが、梱包されていると暑い。首輪の犬の匂いで息苦しくなる。
舞台に担ぎ込まれ、梱包を破って登場した時は、
演技では無く、本当に「ブファッ!」と
溺れそうになり、水面から顔を出した様な状態で 飛び上がった。

セリフは、まったく覚えていないが、芝居中にドッグフードを食べりした。
エンディングでは、犬の男以外は、皆戦死。
犬の男は、長ゼリフの後 遠吠えをし、床からフワリと窓の桟に飛び乗り、
「ワォ~ン」と吠えながら、黒の模造紙を突き破って 外に飛び出し、
庭を駆け去っていく。暗かった教室に陽の光が サンサンと降り注ぐ。
模造紙を突き破って、飛び出した時の爽快感は 最高だった。


豆苗とマッシュルーム炒め、塩焼きスパ、
微塵切りマッシュルーム入りポタージュ(雪ん子が送ってくれた)
良い子は皆 遠吠えして お休み。

2010年1月25日月曜日

完敗の昼 駐車場にて

先日の土曜日の昼、いつものチキンライス屋前 駐車スペースに車を停めて、
チキンライスを買い、20歩離れた雲呑麺屋で水餃を購入。
車に戻ってみると、店とワテの車の間に、ワゴン車に縦列駐車されとる。
こんな 感じや!
とりあえず、クラクションを鳴らすが、誰も出てこん。

なんとか 切り返せば、脱出可能か?
左に出るべく、何度か切り返すが、駄目や!
右に出ようかどうしようか、思案しとると、
若い華人が 左の黒塗りベンツ右バンパーを擦りながら、
何やら ワテに手招き、Ummm 擦ったんか?

「ワテが悪いのやおまへんでぇ!こいつがこんなとこに停めよるからや」とワテ。
「う~ん、この車がstupidだけど、僕の車に擦ったのは貴方ですよね、
幾ら掛かるか分からないし、保険で処理しますか?」と華人。

二本すじがあるだけやん、こんなんでポリ呼んで、事故証明なんてやっとたら、
日が暮れてまうがな!

「幾ら欲しいんや?千RMか?」とワテ
「う~ん、そんなには掛かりませんよね、たぶん。
見てもらわなければ、分かりませんね。
でも、私の車を移動させれば、貴方の車 出す事が可能ですよね?」と華人。
「そんな事は、わかっとるがな、だからなんぼや?500RMか?
わて、はよう帰りたいんや」とワテ。(既に ほぼ負けとる)
「300RMかな?」と華人。
「OK. 300や ほれ。 はよう 車動かしてぇな!」

華人のあんちゃんが車を移動、あれぇ!ベンツにしては小さいがな!
MAZDAってエンブレムが付いとる。100RMで十分やないか!

家に戻って、ふと考えたワゴンとマツダの奴ら グルやったんとちゃうか?


オックス・テール・スープ、ガーリック・トースト
蛸のオリーブ・オイル・マリネ、目玉焼き、サラダ
良い子は、こんな事にならない様に お休み。

2010年1月23日土曜日

有山な夜

去年末 京都で 突貫娘・けい子ちゃんに貰った 
有山じゅんじと上田正樹「ぼちぼちいこか ザ・ムービー」。

何度見ても飽きない。
キー坊のボーカルも 良いのだけど、
やっぱり、有山のギターが 何度聞いても 飽きないのだ。

1990年「聞こえる、聞こえる」がリリースされるまで
75年「ぼちぼちいこか」、78年「ありのままじゅんじ」のLPを
何十回聞いた事か。でも飽きない。

キー坊の語り下ろし「戻りたい過去なんて あらへん」に、
1997年の楽屋で、有山が「やっとわかった」と
「ラグタイムは、ズン、チャン チャンじゃない、
ズン、ジャーン ジャンで ジャーンは こういう風に弾くんだ」
って 弾いてみせるエピソードがあった。

なるほど、だから、有山のギターは 飽きないんだ!


さて、血抜きの終わった牛テール、
これから「オックス・テール・スープ」を仕込もう。
食べるのは、明日だけどね。

良い子は、みんな お休み。

2010年1月21日木曜日

丸眼鏡ブラザーズ

♪丸い眼鏡に 兵隊ブーツ♪ 
豊田勇造「ブルーズをやろうぜ」の冒頭のフレーズ。
そして 最近 丸眼鏡ブラザーズってぇのが、結成された? ようだ。
そこで、丸眼鏡ブラザーズの年齢的次男坊は、所有数的長男となるべく
ここに 所有丸眼鏡を一挙に公開する。
まずは、古参の丸眼鏡 G/AやらJ/Lやら。


続いて 2004年から御愛顧の「眼鏡研究社」製
上から 1号機(現在は料理用)、2号機(遠い所見る用)、
3号機(コンピュター作業用)、4号機(遠近両用)。

2004年の日本出張時に、偶然 拾得・勇造バースデーLiveがあった。
当日、勇造ファン御用達旅館「錦水館」に荷を解き、
新京極をブラブラして、偶然見つけた丸眼鏡専門店。
明日は台湾経由で馬来西亞に帰るし、今夜は6時位に拾得に行かなあかんし、
と無理を言って、1号機を作って貰った。

毎回 同じような事を言っては、速攻で作って貰う。
が、去年6.6円山ついでに作った 遠近両用は、
レンズの関係で、後日 馬来西亞送りとなった。

丸眼鏡が好きなのは、勿論なのだが、
「眼鏡研究社」は、テンプル、モダン、パッドの調整が丁寧。
フィットするまで、根気良く 調整してくれる。
カルテも保存されている。
で、2004年以来 「眼鏡研究社」でしか、眼鏡を購入していない。
♪あんたも どう 丸い眼鏡ってぇのを~♪


カレライスです・

2010年1月20日水曜日

唐十郎「四角いジャングルで唄う」

浅川マキのレコードジャケット同様に、このLPのジャケットも黒い。


ジャャケット画は、合田佐和子画伯。
1973年に後楽園ホールリングでの、状況劇場の劇中歌リサイタル実況録音盤、
歌詞カードでは無く、当日の台本(シリアル768)が付いていた。
台本表紙には「蝶のように舞い、蛾のようにへばりつく」のサブタイトル。

限定盤だか自主製作って事だった様だが(販売はベルウッド)、
当時 よく出入りしていた、
池袋 ぱるこ ぱろうる(詩、美術、演劇関係の本屋)で 
簡単に購入した記憶がある。

中高生が、ホイホイと状況劇場の芝居を毎回見に行ける訳も無く、
このLPを聞きながら、芝居を想像したもんです。

1984年には、「音版唐組・赤テント劇中歌集」ってカセット・ブックも出たけど、
状況劇場と唐十郎の猥雑さ、妖しさの雰囲気は、
「四角いジャングルで唄う」が勝っていた。
四谷シモンが唄う「お銀ちゃんの唄」には、魂消ました。

大学の演劇部で「少女仮面」をやった時に、音楽・音響・伴奏を担当した。
このLP のおかげで、劇中歌の何曲かは、
状況劇場のオリジナル旋律(小室等作曲)でやる事が出来たっけ。

海南チキンライス

2010年1月19日火曜日

浅川マキが亡くなった事を 今朝知った

彼女のLPで、大好きだったのが
総経理が中学生だった頃の
1972年発売の「ブルー・スピリッツ・ブルース」。
他のアルバム同様 ジャケットは、モノクロムと言うより、ただ、ただ黒い。
ブルースを初めて知った気になった。

このアルバムで、秀逸なのは、全9曲中6曲で弾いている
荻原信義のAcoustic Guitar。
彼のギターのリズムと浅川マキの唄が、気だるげにスイングしている。
今も耳に残る「ハスリン・ダン」
♪ハスリン~・ダ~ン 私のいい人ぉ♪

それに「奇妙な果実」。
山下洋輔 Pianoで、ド~ンと引きずり込まれ、
浅川マキの呟きの様な詠唱で、
落ちた所から何処にも這い上がれない気分になった。

黒地に白抜きの手書き歌詞カードの文字だけでも、ブルースに見えた。

A面一曲目「ブルー・スピリッツ・ブルース」タイトル曲のフレーズ
♪夕べわたしが死ぃ~んだ 嫌な夢を見たのさ
 妖気がベッドを取り巻いていた♪

LPは、日本の倉庫にあるので、聞けないが、
唯一のDVD「幻の男たち Live 1984」(池袋文芸坐、京大西部講堂)
を見ながら、呑む事にしよう。

合掌

2010年1月18日月曜日

「アラー」の微妙な 緊張

馬来西亞のキリスト教徒新聞が聖書の「神」を
マレー訳で「アラー」とした件で、
昨年末、高等裁判所は、合憲と判決を下した。
今年に入り、10件以上のキリスト教会で付け火、いたずら書き等の嫌がらせがあった。
そして、先週末には、1件 モスクに瓶が投げ込まれ、ガラスが割れた。

昨年 ヒンドゥー寺院の移転問題で、イスラム教徒の抗議デモがあり、牛の頭が投げ込まれた事があった。

これまで、宗教については、イスラム教徒、非イスラム教徒共に
表面上不可侵であったが、微妙な緊張感が生じている。
この国の宗教問題は、民族問題に発展しかねない。

ガキの小競り合いが、おとなの喧嘩に発展しない事を願うしかない。

野菜炒めと豚肉、ナマコの煮物。
良い子達は、喧嘩しないで、眠りましょう。

2010年1月15日金曜日

マニラから帰って来た

結局、今回の旅では、日本食しか食べなかった。
昼食は、歩いて食べに行ける範囲には、ローカル食が無く、
日本食屋が一軒しか無いので、仕方がない。
夕食は、ホテルに戻る足が人頼みなので、この足を自力確保すれば、
ローカル食を食べる事が出来そうだ。
その内に、何とかしよう。

以前、コメントでヒバリさんと遣り取りした 
中華おでん「醸豆腐」(ヨンド―フ)について いずれ 書こうと思っていたら、
ヒバリさんが「おでんのルーツ」と題して、
「水牛のように」の連載で 2010/01号 書いておられた。

「醸豆腐」は、しばらく ボーっと考察して、別の視点で書く事にしよっと。

昨年末の訪日時に、配布した「肉骨茶の素」で、
現時点までに、3件の調理報告があった。
とりあえず、概ね好評なので、「肉骨茶同好会」を立ち上げる事にした。
さらなる、調理報告を待つ。

2010年1月11日月曜日

またまた、良くない循環

お昼ご飯は、工業団地の唯一歩いて行ける日本料理屋。
夜は 送ってくれた現地関係者と日本料理。
これまで、3回マニラに来ているが、フィリッピン料理を食べたのは一回だけ。
今回も、屋台で食べるチャンスは 無さそう。

2010年1月10日日曜日

フィリッピンに着いた

今 マニラのホテルにチェックイン。
前回 ネットにつながらなかったけど、
今回はつながる。

これから ご飯食べて寝よっと。

2010年1月7日木曜日

マレーシア・ニュースこぼれ話


今晩は、アジフライ。」

・周囲住民の騒音苦情によって、
5店のクラブのエンタテイメント許可が取り消された。
 バンド演奏やショーが出来なくなるという事。
 バンド演奏が売りのクラブでは、商売が厳しくなる。
 その内の一軒に、去年付き合いで行った事が 一度だけあった。
 建物内でバンド演奏だが、壁はオープンで、外周の客用にスピーカーもあった。
 物凄い音量、ベースとドラムは床からズンズン振動していた。
 その上 建て前上お客の女性が沢山居て、奢ってとにじり寄って来る。
外の席でも お話なんか耳元で でかい声で話さなきゃ 聞こえませんでしたね。
 周囲住民は、そりゃ うるさいよね。
 
・ムチ打ち刑 女性その後
 以前 書いた ムチ打ち刑判決の女性だが、未だに刑の執行がされておらず、
 いつ執行されるかも明確にされていない。
 多分 うやむやになりそうだな。

・肉骨茶の名称では、ハラル食品と認可しない。
 鶏肉等の肉骨茶をハラル肉骨茶として、申請しようとしたが、
 イスラム教発展庁は、認可しなかった。
 誤って 豚肉の肉骨茶も食べちゃうと恐れた様だ。
 豚肉を使ってこその肉骨茶なんだけどな。

・屋根崩壊第二弾
 
以前 スタジアムの屋根が崩壊したトレンガヌ州で、
今度は バス・ターミナルのガラス屋根が150mに渡って崩壊した。
この半年で その他2件 安全性の問題で使用禁止の公共施設が この州にはある。
よくある事と言えば、言えない事もないのですが。 

2010年1月5日火曜日

再読「U.W.F.戦史」

大晦日、三が日と、塩澤幸登著「U.W.F.戦史」を再読した。
第一次UWFについて書かれている。
第二次UWFの復活とU-COSMOSまでの「U.W.F.戦史2」が
昨年 既に発売されているが、
馬来西亞の紀伊国屋書店には入荷されていないので未読。

新日からプロレス的にスピン・アウトしながら、
革命的に変化した「UWF」には、思い入れがある。
プロレスとも、現在の総合格闘技とも言えない、
ただ「UWF」としか呼び様の無い、「UWF」。

で、UWFについて書かれた文章には、つい反応してしまう。

「U.W.F.戦史」を再読しながら、新日、U系と自分を時系列で反芻してみた。
1976年 新日「猪木―アリ戦」、総経理「さあもういっぺん」LPと出会う。 
     以降 総経理 両者にのめり込む。
1982年 新日「長州維新軍」、総経理「あるまじろ6日間コンサート」を始める。
1984年 「第一次UWF」旗揚げ、総経理「6日間コンサート」を休眠。
1988年 「第二次UWF」旗揚げ、総経理「馬来西亞」業務に関わる。
1991年 UWF 三団体に分裂、総経理「馬来西亞」一号機が動く。
1992年 新日「闘魂三銃士」台頭、総経理「馬来西亞」在住となる。
      以降、プロレスは「週プロ」を読むだけ、
      勇造はテープとCDを聞くだけの 総経理ライブ的「冬の時代」となる。

      そして、U系は、総合格闘技に呑みこまれていき、
      新日は、猪木の迷走で右往左往して行く プロレス的にね。
2009年 プロレスは「冬の時代」を過ぎたと言われ、総経理は「6.6 円山音楽堂」。

ふむ ふむ、無理に合わせてみたものの、プロレス的に符合するもんだ。

と言いつつ、次期総経理雪ん子の忠告を受け入れ、今日も休肝日とする。
なんてね、ソースのかおりにあらがえず 呑む! へへへ!

2010年1月4日月曜日

怠惰な3ヶ日

昨年末の実体化の疲れが出たのか、
この3ヶ日は、調子が出なかった。

朝5時過ぎに起床、犬の娘を散歩、お家に戻り、2度寝。
9時か10時に再起床、洗濯、昼ご飯の準備。
昼酒しながら、昼ご飯。お片付け後、犬の娘と炎天下トロトロ散歩。

お家に戻り、ソファに横になってTVを見る。
5~10分後 曝睡。午後5時頃 起床。
洗濯物を畳み、ボーっとし、夕ご飯の支度。
お酒しながら、夕ご飯。お片付け後、ソファに横になってTVを見る。
5~10分後 曝睡。午後10時頃、喉の渇きで起床。
水呑んで、ベッドで曝睡。
この繰り返し。

起きていた時間が 一日8時間位しかない。

寝汗がひどく、風邪薬を呑む。頼りのウコン錠が底をつく。

こんな事で、2010年を乗り切れるのだろうか?

今日(4日)から副業業務が始まったので、とりあえず、昼酒しないで済んだ。

余勢をかって、休肝日とし、盛岡冷麺をすする。
人はこれを 呑み疲れと言うのだろうか?

2010年1月3日日曜日

雪ん子からも、明けてしまった…


















大晦日から大雪に見舞われて、雪掻きに追われたり、交通機関の運休などで、
ゲッソリな方もいるんでしょうね。
雪ん子の住む地域は、元旦までは雪の洗礼はなかったのに、
昨日からヤラレ放題です。

この地方の雪は、気温と絶対湿度の低さで、サラッサラの粉雪なのですが、
ここ数日の雪は本州を思わせるベットリ雪。
重いし、締まらないし、雪掻きが辛いのよね~。



















雪ん子は、大掃除の際に、この梁の上を歩きながら煤払いをします。
さらには、奥に見える手摺りにも上がって、拭き掃除もします。
20年前には、何とかなったこの作業。4回目の年男を済ませた最近は、文字通り命懸け…。

こんな建物を設計したヤツ、出て来~~い!


あらら、また雪が本降りになってきた。今日のノルマ、果しますか…、はぁ。
皆様、本年もよろしくお願いいたします。

2010年1月1日金曜日

明けてしまいました

と 言う事で 仕方がないので
おせち(買いもん)、煮物、数の子、刺身、雑煮、酢ダコ
映ってませんが、とーぜん 御酒
例年の事だが、馬来西亞の新年は、単純なNew Year Day。
カウントダウンを はしゃいで 御仕舞!
総経理も 呑んで サッカー見てたら 寝てしまった。
では、良い子達 今年もよろしくね!