2009年11月17日火曜日

Maruyama at 6/6/2009 on North-South Highway(E1) Vol.3

Sg. Perakの川を渡りながら、
CD版「豊田勇造 円山音楽堂 ライブ!」が流れ始める。
ライン録りで、きっちりミキシングがしてあるので、
勇造さんの声、楽器の音が浮かび上がってくる。
「ノンストップ・ライブ」と同じ音量だと、音が大きくなりすぎて、
貧弱カーステのスピーカーでは、音がビビるので 少し音量を下げる。

「海の始まり」ジワ、ジワ シットリとライブの始まりが浸み込んでくる。
初回にこのCDの「走れアルマジロ」アルマジロ達は良いんだけど、
勇造さんが浮いていると感じた違和感。
最初の方 両者のリズムがあっていなくて、
アルマジロ達のリズムで、演られたとの事。なるほど。
こんな「走れアルマジロ」も ♪いいもんだ~♪


Ipohの峠を下り、また、変化の無い景色。
6曲目「フリーアウンサンスーチー」から
Disc 1 最後の「住所録」までの選曲と繋がりは、
総経理は、CD版ならではの、秀逸なものと感じる。

総経理のこのCD の中でお気に入りのひとつは、
「この国で列車を走らせる男達の歌」
延ちゃんのサックスとバンドの疾走感が、
珠玉のTrain Songに仕上がっている。
「住所録」は、いつ聞いても、ジーンとしてしまう。
なんて、思いながら、車を走らせ、Disc 2に。

Disc 2は、なんにも言う事ありませんね、もう ひたすら 耳を傾ける。
車の中なので、サウンドは 身体を振るわせる。車も震えてる様。
Jalan Duta(KL)の料金所手前で、「うさぎ」
このままでは、「センシミーナ」辺りで お家についてしまう。
せめて「ジェフベック」まで、行きたいものです。
と思ってたら、KLは、渋滞! 良かったよ、渋滞で!
30分程余計にかかって、渋滞を潜りぬけ、お家の近くで、「さあもういっぺん」
計った様に、「さあもういっぺん」が終わりながら、お家のガードハウスを通過。

駐車場に、停車して、「11時の鐘」「海の始まり」を聞く。
音が漏れてるのか、車の横を通る住人が、不信顔。
総経理は、決して怪しいおじさんではないよ。

全走行距離790.5km 午後6時42分着




走行時曲数 78曲 停車時曲数 2曲
走行時再生時間 7時間48分30秒 停車時再生時間 12分14秒

「ノンストップ・ライブ」、CD版「円山音楽堂 ライブ!」
どちらも、「あの日」に連れて行ってくれ、今 聞いてる自分を重ねる事が出来る。
さて、10年後に聞いたら、どんな気持ちにさせてくれるか、楽しみだね。



アラヨ、ホイサッ サッ、スタコラ サッ サッ。

紫オニオンのカリー、ナンプラとイカモヤシ炒め、青菜と腐乳和え

では 良い子は みんな お休み!

2009年11月16日月曜日

Maruyama at 6/6/2009 on North-South Highway Vol.2

お使いの御用事 終了。
午後3時、サッサとKLに帰ろう。

♪マンゴシャワーラブレター♪

嬉しいと想いたいが、前が見えないよ~ん。

でも、すぐ 晴れちゃうよ。

60曲に向かって怒涛の「メドレー」が始まる、
総経理もKLに向かって アクセルを踏む。

♪お前 日の丸焼いたやろ~♪
焼いた事は無いけど、誰かに向って、日の丸パタパタ振るのは、ちょっとね。

♪それで十分、生きているだけでそれで十分♪
忘れてました、安全運転、でも止まらない。

♪終電車に乗って帰れよ 待つやつもいない部屋へ~♪
総経理 ガンガン 走って 帰ってるよ ワンコの待つ部屋へ。
ここからは、もう 止まらない、身体が熱くなってくる。

♪血を超えて愛し合えたら~ ~大きな自由~♪
マレーも 華人も インド人も 日本仔も。
♪なんか暖ったかいもんが欲しかったで~♪
暖ったかいもん、イッパイ戴きました。

収録者の近くの奴が叫ぶ!
「この唄、初めて生で聴いた、もう サイコー」
総経理も、初めて円山で聴いちゃった。良かったね。

♪さあ もういっぺん、火の消える前に~ さあもういっぺん~♪
車の中だから、吠える、身体もジーンとする。

ボケさん祝辞を聞き、
♪全て終わった事にして 明日又始めればよい~♪
♪焼き上がり待つ焼物師みたいに~♪
総経理は、勇造を待ってるよ。グスン 泪が出ちゃう。
走行582.3km、Ipoの手前 Sungai Perakで 第3部終了、一貫通しが終わった。
さて 打ち上げに行こう。
CD版6.6円山へ。
屋台の雲呑麺屋で、生麺をお持ち帰り。で、自家製雲呑麺ドライ。


アララ、Vol.3に続く。

2009年11月14日土曜日

Maruyama 6/6/2009 on North-South Highway Vol.1

ノンストップ・ライブを一貫通しで聞く為に、
KLから400km離れたSg.Petaniへちょっと「お使い」に。
朝7時半 お家を出る時、カーステからCD版の
「ジェフベックが来なかった雨の円山音楽堂」(8分2秒)が流れ出す。
そのまま「ジェフ」を聞き、Jalan Duta(KL)の料金所手前で
ノンストップ・ライブにきりかえる。音量は、45、音で車内を満たす。
少し小振りの雨。

♪29才にして車のバックシートで、眼を閉じたハンク~♪
総経理は、眼を開けてるよ、運転してるから、
眼を閉じたら 運転できないよ~。

♪道は憧れのジャマイカへ~♪
まだRawan、道はお使い先のSg Petaniに続いて行く。

♪ここは、君の町 君のふるさと アジアの片隅 Sweet Home KL♪
今ここはKLから100km位離れてる Slim Riverだけどね。

そしてBidor  いつもは ここで寄り道して名物ダック雲呑麺を食べるが、
♪話交わすこともなく、走り続けてきた~♪だから 今日はパスね。

Tapahのサービスエリア、
♪時には落ちに落ちて底知らず~♪で、お腹が一寸、一時停止。


あっ 救急車 ♪そんなにひどくない様に~♪
165km走って、第1部 終了。

収碌者の傍で、「KLって、マレーシアからだって、すげ~な」って。
それは、総経理だよ。だって、来たかったんだもん!

♪すこしぐらい 遅れてもいいと思う♪って、
IPO前後の峠の法定速度、80km/h、90km/hを遵守。(他は、110km/h)
「晴れましたね~」って、ほんとに 晴れてきました。

♪唇かみしめて~♪ Taipingのジャングルの中を走る。

♪新たに線で消す名前~♪で、ジーンとしながら、
消されない様に、ちゃんと安全運転。

♪山 川 田畑~♪ Juruの料金所 240km地点、第2部終了。

ここから マレーシアの米どころ、田圃が始まる、第3部もね。

まだ、緑の稲が、風に揺れてる。
♪そしてできれば風にとけてしまおう~♪


あぁ Sg.Petani Utaraの出口、お使いに行かなきゃいけない。
仕方が無いので、料金所へ。
♪さあ もう少し歩いて ドアを開けよう♪

お使い先に到着。
♪あのは人まだ そこにいるだろうか~♪

395.7km、11時38分





水餃スープ

では、お休み。

2009年11月13日金曜日

宗教上の観点

半島マレーシア東海岸北部タイ国境に接するケランタン州では、
PAS(汎マレーシア・イスラム党)が、州政権を20年近く保持している。
政党名から分かる様に、イスラム回帰を旗印にしている。
この州は、州条例の宗教色が強いので、ホテルにも酒がなく、
店でも売っていない。
華人の限られたエリアに行かないと酒が呑めない。
総経理は、ケランタンのコタバルに行く時は、原則日帰りとしている。

宗教上の観点にたった、発言は この州が最右翼だ。
・スーパーのキャッシャーは、男性用と女性用を常設する事。
 実際、分けているスーパーもあるし、社員食堂の配膳が男女別の所もある。
・この宗教を信仰していない女性でも、肌を露出した服装の場合、厳罰に処す。
 華人女性は、気にしてませんね。
・喫煙者は、動物並みに理性がない。
 と言われても、他の民族よりマレー系の喫煙率が、高そうに思うのだが。
・この宗教を信仰している女性は、口紅をしたり、ハイヒールを履いてはいけない。
 これは、党内女性議員からも反発されてたね。
・シングルマザーと結婚する州議会議員に報奨金を。(この宗教は、1夫4妻まで)
 1夫多妻は、寡婦の生活確保目的なので、正しいのでけれど。報奨金?
一方、セランゴール州のPASは、
・州議会議員が離党する場合は、妻と離婚する旨の誓約書をかわす。
 いくら、与野党間で議員の引き抜きが多いからって、これは ちょっと。

PASは ヘビ・メタバンドや女性シンガーの来馬公演中止をいつでもぶち上げますね。
今年も、ビヨンセ公演に抗議して、ビヨンセ側が健康上の都合で公演延期を決めた。
総経理は、PASのおかげで、ビヨンセを知ってしまった。ありがと PAS。

少し 堅苦しい感じを受けますが、ケランタン のんびりした田舎です。

旧日本軍が、マレー、シンガポールに侵攻した出発点のひとつが、ケランタンのコタバル。南下しながら、華人への抑圧、虐殺があった。
「観光コースでない マレーシア・シンガポール」陸培春(著) 高文研(刊)

2009年11月12日木曜日

あの日の5時間42分29秒

「あの日」のMP3再生時間、ノンストップ・ライブだ。
こいつは、良い。
周囲の音は耳触りではない、「ガンバルマン」本人の声も 息遣いも聞こえない。
まさか 6時間 息を止めていたのではなかろうか?
凄い肺活量の持ち主だ。

2度程、休みの日の午後1時から連続再生し、
真剣に聞く試みに挑戦してみた。
が、酒を呑んでいる内に寝てしまう、
雨が降り始め 洗濯物を取り込んで、畳む、
夕食の用意を始めてしまう、本を読んでしまう等々。
この長尺大作を一貫通しで 堪能する事ができていない。
自分の注意散漫にあきれると共に、
よく考えるとお馬鹿な試みだとも言える。

明日は、KLから走行距離400km、 走行時間 3時間半から4時間、
タイ国境線まで100km強の北の町Sungai Petaniに行く。
日帰りなので、運転総時間は7時間から8時間。
単独運転なので、独りで「あの日」を丸ごと堪能できそう。

第1部1時間36分3秒  第2部1時間43分43秒  第3部2時間22分43秒
イメージ・シュミレーションして見ると。
第1部が終わった辺りで、Tapahのサービスエリアで休憩となりそうだ。
第2部の終わり辺りで、Butterworthだな。
第3部のメドレー辺りで、目的地のSungai Petaniなので、通り過ぎて、
アンコール2曲目が タイ国境か、国境を少し越えるか。
そして、そのまま、引き返して、KLまで戻れば、2回 一貫通しで聞く事が出来るはず。

Ummmm. これでは 副業業務のSungai Petaniでの「おつかい」ができない。
困ったもんだ。Hoy-Hoy!

って、今晩の夕食は、トンカツですね。
そして、BGMは、83年のラスタカラーの加川良ウィズ村上律。(A LIVE.)
出羽 お休み。



2009年11月11日水曜日

Shooglenifty「Live at Selwyn Hall」

1995年以降の数年は、KLのCD屋で 予備知識一切無しで、衝動買いしていた。
この頃 ネットもやってないし、雑誌も読めない、TVもローカル、
音楽の情報が無かった。
しかも、KLのCD屋では、当時試聴できなかった。

で、Ani Difranco 、Keb’Mo’、Titi Winterstein Qintett、Wall Flowersとか
まるで高校生の時の様に、CD棚の一枚一枚をじっくり見ながら、
裏表引っ繰り返して、おっさんが CD屋でジャケ買いしていた。
Shooglenifty「Live at Selwyn Hall」は、そんな一枚。

ジャケット写真には、アコギ2棹、フィドル、マンドリン、パーカッション、ベースを弾く男達6人。
その内4人は上半身裸、70年代前半の髪形、髭面の奴も居るが、顔付はみんな若そう。
楽器構成から推測するに、David Grismanが演っていた様な斬新なBlue Grassの音の様。

家に帰って、聞いて 一曲目 ぶっ飛びました。
なんと、この楽器構成で スコットランド・トラッド・チューンを、
ユーロダンスビート(あのコムロってか)で演奏している。
その後は、ビートの効いた、ケルト。インスト、バンジョーの音も、
そして唸り声みたいなのが入る。
耳から鱗の音だった。原始的な音とビートを感じた。
余分な知識が無いので、素直に身体に入ってくる。

一発で、気に入った。
当時のヘビーローテション、今も 聞いてしまう。

ただ、いろんなCD屋で何度探しても、Shoogleniftyの他のCDどころか、
「Live at Selwyn Hall」ですら、KLでは、見付からなかった。

だから、総経理のお家には、Shoogleniftyは、この一枚だけ。
ネットで見ると、これは3枚目のCD,今も活動しているBandだ。


サバ味噌、自家漬物、野菜炒め煮、とろろ昆布のお吸いもの

少しだけ、なぜこの音に馴染んだのか?テキトーに分かった。
これって節操のない根っ子は、「はちみつぱい」っだっ。


では、良い子はお休み。

2009年11月10日火曜日

マレーシア国民もIC カードに指紋が入力されている。

パスポートの更新に伴い、就労ビザ用IC Cardの更新に、
先週Immigrationに行ってきた。
IC Cardには、本人認証の為に、
パスポート情報と両手親指の指紋が入力されている。
マレーシア国民もIC カードに指紋が入力されている。

マレーシア国民とは、マレーシア国籍を持つ人ですね。
57年の半島側がマラヤ連邦として、英国領から独立をした時、
63年マラヤ連邦にサバ、サラワク、シンガポールが加わり、
マレーシアとなった時に、
マレーシア国内に移住していた華人、インド人も、自国籍を、放棄する事で、
マレーシア国籍を取得できた。
オラン・アスリ(少数民族)は マレー系同様「土地の子」に括られた。
ブミプトラ政策で、「土地の子」は金利、税金、教育面等で、優遇されている。

華人、インド人が、この時に、不公平な条件で国籍を取得したのか?
「華人は、中華人民共和国の成立で、帰国が困難になった事と、
マレーシアで築いた経済基盤を確保する為に、
インド人は、低いカーストの人達が多かったので、インドに戻るよりはと、
それぞれ 馬国籍を取得した。」と総経理は考えている。

約50年の間、民族間の緊張が何度か衝突した。(69年5.13事件が最大)
ブミプトラで「土地の子」を優遇していても、
華人は、マレーシア経済、技術の中心位置を確保邁進している。
インド人は、経済、技術の隙間を埋めて、我が道を行っている。
自らが推進した「ブミプトラ」は、
マレー系のスキルを上げる事が出来なかったとDr. Mが涙した様に、
マレー人は、「頑張らなくても」って生きている。

各民族の「棲み分け、共存」の複合社会が確立したのかもしれないけれど、
信仰、民族習慣の「不可侵領域」を犯した場合は、
今も局所的衝突(小競り合い程度)がいくつか起きている。


なんて考えながら、夕飯は手抜き、ホットサンドウィッチとピザトースト。

よい子は お休み。