2017年9月1日金曜日

亜細亜の子供旅団 記憶を辿る

朝 目を覚ますと 部屋のベッドで寝ていた。
あれ これはおかしいぞ
俺は 天国への階段 踊り場床で 寝たはずなのに。

緩々と起きだした ワッキーが教えてくれた。
昨夜 部屋に戻ると 俺は居ない
鍵を持っていないから 深夜の徘徊かと思ったそうな。
と 部屋の外から リンリン、リンリンと電話が鳴った。
呼び出し音が切れ 再びリンリンと 何度も 何度も。
部屋を出て リンリンを辿って行くと 
ランランと千晴ちゃんの荷物を腹に乗せ 
床で倖せなラッコ状態で 横たわる俺を発見の会!
ツン ツンし 生存を確認したそうな。
リンリンしていたのは 荷物を回収したい千晴ちゃん。
やはり 亜細亜の子供旅団の結束は 固い。
心の中で 二人にワイをしながら
あの床は心地良かった 出来れば朝まで寝ていたかった
と 思った俺は 鬼畜だろうか?

朝飯を食べながら 今日の行動を再確認する。
0900 4人分隊で タイ式マッサージに潜入
1200 野営地 撤収後 亜細亜の子供旅団は
昼食後 何処かに徘徊し ヤンゴンに向けて 転進。
お~ 記憶通りだ!

で タイ式マッサージに潜入 御飯を食べて
インダラマーケットをゾロゾロ徘徊し
今回の最終野営地 ヤンゴンに向け ヘロヘロと行軍した。

フムフム






2017年8月31日木曜日

亜細亜の子供旅団 倖せな夢を見る

中州で ご飯を食べたら 
亜細亜の子供旅団は YUZO LIVE in バンコクへ転進す。

エカマイの会場サバイチャーンで 皆が車を降り
俺はマーシャに手を引かれ「命の水」を仕入れに行った。
兵糧の確保こそ 旅団の生命線だ。

小野崎さん達 ライブ主催者と一年ぶりの再会だ。

バンコク・ライブは 俺にとって
心地良く 「命の水」が進み 最後はいつもヘロヘロになってしまう。

開演前から 俺に向けられる視線を感じていた。
終演後 ゴキゲンちゃんと化した俺は
その視線の元のタイ人と談笑
な~んと 500kmバスを乗り継ぎ 
イサーンからやって来た 勇造ファンのタイ人だった。


俺が着ていたYUZO Tシャツが良いと言うので
彼が着ていたモンコン Tシャツと取り換えっこした。

ムンバイ経由でヨーロッパに旅立つリエちゃんを見送る。
リエちゃん 良い旅を!

タクシー2台に分乗した亜細亜の子供旅団は 野営地へと戻った。
ヘロヘロな俺は 部屋のドアをノックするが
鍵を持っている同室者のワッキーが 戻っていないのか
寝てしまったのか はたまたヘロヘロちゃんと寝たくないのか
ドアは開かない。
Knockin' On Heaven's Door

眠い 眠い そうだ廊下で寝よう。
ドアの前の廊下で寝てしまっては不審者と間違られると
階段前 踊り場の床で寝る事にした。
なんて冷静な判断だ。
Stairway to Heaven

預かっていた 千晴ちゃんの荷物を抱きかかえ
倖せな夢を見た 床の上で。

ヤレヤレ








 

2017年8月28日月曜日

亜細亜の子供旅団 河を渡り中州でご飯を食べる

これまで 何度も 何度も 船で 河を越え 海を渡り
騙されて ご飯を食べに行った。

僕は 一ミリも泳げないし 戸板一枚で 水の上を移動するのは
この世と あの世の河を渡るようなもんだ。

で 又だ。
なんてこった。

あそこの島に渡る船は まるでクィーンエリザベス号だと 
その人は囁く。
すこーしだけ 老酒呑んで ブラブラして 乗れば 
ダイジョーブだと囁く。

バンコクから小一時間の町にやって来た
コバンザメだから 仕方が無い
誰もの人生で 仕方が無い事って有るよね?

車から降りると そこには 
涅槃に導くような 寺院があり
寺院を抜けると三途の川の渡し船が ニンマリしながら待っていた。

それは 今までの船よりは 確かに大きい
がっ QEでは無いと 僕は思う。

仕方が無いので 船に乗り 三途の川を渡った。




 
ヤレヤレ

2017年8月27日日曜日

亜細亜の子供旅団 朝の徘徊

どの国のどの街でも
夜の狂騒と熱気は つい呑みすぎてしまう。

その街が目覚め始めながら
夜を 少しだけ 引き摺っている
朝の徘徊が好きだ。
まだ暑くならず 人がユックリと今日を動き始める 路地を歩く。


亜細亜の子供旅団 徘徊分団は進む 路地を一筆書きで。

 
ランダム通り周辺 路上にはみ出していた 屋台が無くなっていた。
厳しい行軍 我々は 路上の屋台で お粥を食べる指令を受けていた。

ビルにヤモリ化したお惣菜屋は 卓も椅子も出していない。


分団長は 言う 路上屋台お粥屋を探せと
分団は 進む 腰まで汗まみれ。

が 路上はみだし屋台は無い。

徘徊一時間 拠点近くに戻る。

路上ではないが お粥があった!





2017年8月26日土曜日

亜細亜の子供旅団 そしてバンコクの夜は更けて

吉隆坡からなら 一泊二日 滞在24時間以内で行けるので
ブラリと YUZO LIVE in バンコクに行っていたら
いつの間にか 日本からの「音も達ツアー」に 
コバンザメ化していた。

バンコクライブ後のコバンザメ旅は これまで
サメ島、マラッカ、ペナン、シェムリアップ
今回はヤンゴンだそうな。

夕方 バンコクのホテルで 皆と合流。
あらあら バリのリエちゃんも居た。
明日のライブ後 夜行便に乗って
ムンバイ・トランジットでユーロ入りだそうな。

ランナム通りをブラブラと夕食に 亜細亜子供旅団の行軍は5分だけ。
子供旅団とは言っても 老齢者旅団なので 
これぐらいでちょうど良い、車の隙を縫って 道路を渡る事も無い。

タイ・ローカルの店で 夜の宴。


 

店に入る前は 少し明るかった外
帰りは 微妙な明るさの闇が 拡がっていた。





そして 老齢者旅団は バンコクの緩い熱で
ほんの少しづつ 亜細亜の子供に還り始める。










2017年8月14日月曜日

フィールド・アスレチックスで陽も暮れて

ルンルンと 6ヵ月振りに フィールド・アスレチックスに行ってきた。

まず サイト・オフィスのドアを開けるのに手間取る。
南京錠は 外れていたが ドアノブの鍵穴に 鍵が挿入できない。
遠中近境無し眼鏡を外し 100回位挿入を試みる。
いつものことだが このドアノブは キット壊れるだろう。

袋に入った ダブルフック フルハーネスが
約束通りに机の上にあった。
地べたを歩いて フィールドまでは 15分は掛かると聞いていたので
ハーネスは装着せず 背負って行くことにした。

キャンティーンを横眼に眺めながら抜けると 
午前中の雨で 道は泥沼 特に 安全歩行通路が酷い。
で ズボンの裾を 靴下に入れ 簡易脚絆とし 泥濘を進んだ。

靴まで泥まみれ バカは進めと!
進めと言うバカは俺だ。
で 俺の足元ディアドラ・モッキングジェイは優秀だ。
靴に泥水が浸入する事もなく 行軍していった。
背負った袋 1.5㎏のダブルフック ハーネスが 重く 紐が肩に食い込む。

汗まみれ、意識朦朧の中で 蜃気楼のように見えてきたのは
私のフィールド。

そして ダブルフック フルハーネスを着用する。
半年ぶりだが この帯を肩に この帯は 股間両脇に。
装着できた!

が フックする時に 困った。
あれ なんで バックルの雌が両側に 牡はどこ?
俺は 近くに居た 印度人スタッフに訊く
「このタイプ 初めてだけど 変だよ?」
「ボス 上下が逆っす イエッサー!」

で やはり 装着に手間取らない 
おもてなしフルハーネスの購入を検討している。




















2017年8月13日日曜日

亜細亜の運び屋の苦悩

二週間程前 日本から来馬する方に運び屋になって頂いた。

で その方から バンコクに来る時に これを運んでってと頼まれた。
運び屋から 運び屋を頼まれたって事だ。

週末からのバンコク~ヤンゴン旅の予習をし
頼まれ物を忘れないように キャリヤー・バックの横に置く事にした。

おっ 重い!

他人から 何かを運んでと報酬付きで頼まれた場合
大体 アレだ。
そして 入国先で捕まり 牢屋にブチ込まれ
一生を牢屋で過ごす事になるのが 運び屋の運命だ。
此処マレーシアじゃ 下手すりゃ
鞭打ち百叩きの上 絞首刑だ!

僕が運んでもらったのは ダイナブックだ。
とても 明確なブツだ 筐体の中にアレが仕込んでなきゃね。

還暦にもなって 残り少ない人生を
牢屋で暮らすのは 御免だ。

とりあえず中身を確認しようとすると
ロックされていて 開けられない。
ブツは角形の集合体である事は 撫ぜてみて分かった。
つまり レンガ状に固められたアレだ。
この大きさからすると 末端価格数千万円か!

呆然と見つめる事 2時間45分54秒。

まっ 残りの人生 牢屋暮らしも悪くないさ
食事付きで 運が良けりゃ 病室で看護もしてくれるし
R中とニコニコ中も更生してもらえるってもんだ。

で そうなった時の為に
「命の水」を呑み 大気汚染をしている 今日この頃の僕なのさ。