2017年12月12日火曜日

Eat Food on the Road in Morning Dark Streat

まだ東海岸まで 高速道路ができていない頃
9時、10時の打ち合わせに行くのには
吉隆坡から 50kmも離れていない処から
ひたすら 一般道を走ったもんだ。

朝4時、5時に 俺の家に集合して
最速で走る俺の運転で出発する。

ゲンティンの峠を下ると 
街道沿いの小さな街があり
6時前の真っ暗な 道路脇には
雲呑麺屋があり シュンシュンと湯気が立っていた。
駐車場というより ただの野原に
椅子が出ている。
で 俺たちは 雲呑麺を食べた。

かつての 肉骨茶では 炭火七輪の上で 薬缶がシュンシュンしていた。
カジャンの丘の上 現場に入る手前の廟の中に
肉骨茶があり 朝も明けない中 廟の灯明の中で食べた。

東海岸に走ると 華人文化圏から
ドンドン離れていく。
というか 道路沿いで 食事をとれる街なんて
皆無なのだ その頃はね。

100km位走り 河を越えると
たった一軒か 二軒の掘立小屋を大きくした食べ物屋があって
漢字とバハサの看板がある。
それが広東なのか 福建なのか 料理の種族は分からないが
不思議に美味しい 中華だった。

東海岸の街から 夜帰る時に
イボンヌが 此処には美味しい醤油が売ってるいるから寄って行こうと。
饅頭を食べ 醤油を買って帰る。甘くて旨い中華醤油だった。




2017年12月11日月曜日

ワタシは何処にも行けず 歩く事もままならない

さて 三連休のワタシは
初日にルーチンワークに行き いつもより百歩程多く歩いた。
二日目は 家に引き籠った。
椅子と15歩程離れた冷蔵庫との往復で 一日を過ごした。

さて 今日は これではダメな人になると思ったのと
公寓内の枝切り チェーンソーの爆音から避難したかったのと



車にガソリンを入れる必要があり ワタシのガソリンを購入する為に
歩いて7分圏内に 車で行く事にした。

今日は小っさなKLを囲む セランゴール州サルタンの誕生日祝日だ。
ワタシの家は KL市内なので フツーの月曜日だ。
このエリアでは フツーの商業活動が営まれている。

お家から出て 右折し 数百メートル
極端に青信号が極短いバカ交差点前は 渋滞。
青と赤を5回程 繰り返し ようやっと 横断する。
車にガソリンを食わせる。

再び バカ交差点 黄色と赤の狭間で 強引に右折。
次に左折した瞬間に 大渋滞さ
スーパーとショップロットに入る車が 雪隠詰め。
待つ事 5分 ワタシのガソリン購入を断念し
他人のお家の前に 車の鼻面をツッコミ Uターン
チョット 走った別ルートで お家に撤退。
ワタシはマグロ 回遊しなけりゃ 死んでしまう。

何の事も無いのだ たかが 往復1キロメートル
歩いたって 大した事ない。

ワタシは 車にガソリンを食わせただけ(約3分)
約1時間を掛けて 家に帰り
再び 15歩往復の健康的な生活に戻った。

人生は長く そして短い。
 





2017年12月5日火曜日

永久運動を眺め続ける

白山羊さんから 手紙が着いた。
黒山羊さんたら 読まずに食べた。

仕方が無いので お返事書いた。
さっきの御用事 な~に?

そんなメールを 幾つも眺める。
分析結果は こうでした。

あっ そうですか。

どうしたらいいのですか?っと?

お返事にも成っていない。

う~ん う~ん う~ん。

もう少しだけ 考えようよ。
何故だろう 何故かしら。

調べたり 考えた先に 何かあるのだから。

幼稚園児の方が マシだ。

2017年11月30日木曜日

Done Somebody Wrong to Me

未だ 飛べない客人を待つ間 本棚の整理。
これは あそこで あれは ここで。
 
脳内図書館カードで分別さ
 
本を拭きながら あれ これは それと
読んでしまう。
 
嗚呼 もうアカン!
本の整理にゃ 時間が掛かる。
 
文庫本の山から 発掘された
こんなん 出てきた日にゃ
作業の手は止まり
酒の一杯は もう一杯を呼び~♪
 
40年以上前の 渋谷ジャンジャン楽屋で
お二人の話にビクターの犬化していた時やら
あれやこれや 反芻し始めてしまう。
 
ゲストルームの本の整理は 終わったも同然だし
もうやめよう こんなことは
 
 
振り返るには早すぎる。

2017年11月27日月曜日

噛むか 噛めないかは 自由だ!

昼飯を食べに いつもの中華屋へ
他の二人が頼んだ 牛肉炒飯withエッグに
俺も便乗する。

直ぐに ツッコミが入る
牛肉噛めるんですか?

ああ 薄くて 小さければね
その為に 俺はこんなん 持ち歩いている。
と 調理バサミを見せる。

これで ホラ チョキチョキすれば
ね~ 食べれます。
お見事 パチパチ!

時々 気に食わない奴の指を
グルっと回せるし
お腹だって刺す事が出来るよ。

さて クリフトン年代記の最終章
その男は 3本しかない歯の口で と記述がある。

勝った!
もう2本しかないぜ!

まだ 食べる事の欲望があるうちに
愛でも食べようか。
 

2017年11月17日金曜日

僕はLCCでこんなふうに旅をする 下川裕治著

大好きな過酷旅ライター 下川さんの最新刊を読了。

俺は 1989年位から 仕事で東南アジアに出張し始めた。
出張とは 仕事なので 個人休暇旅行ではない。
が 短期でも 長期でも 仕事の隙間、隙間で 街を歩く。

その頃は ネットなんてあってないようなものだから
アジアの街の情報は 本を読むしかない。
その頃の 俺の アジア三大ライターは、
森枝卓司、蔵前仁一、下川裕治だった。

で LCCだけど
アジアでは 俺の居るマレーシアの エアーアジアがほぼ発祥だ。

かつて 俺の国では 国内線は マレーシア航空が独占していた。
出張で打ち合わせに行き 早く終わっても
何にも無い 地方空港で 何時間も待つしかなかった。
それも 屋根掛けだけの 外で。
欠航になった時には 300km位をタクシーで帰った時もあった。

エアーアジアに 初めて乗ったのは 2005,6年頃のコタバルだ。
打ち合わせが早く終わってしまい。
居所が無いので とりあえず空港へ。
帰りの飛行機まで 4時間さ。
フライト画面を見ると 1時間後にエアーアジアがあった。
エアーアジアで吉隆坡に帰ろう。
駄目もとで チケットカウンターに行くと
数十RMだったので 即購入。
チェックインカウンターで渡された搭乗券は まるでレジ・レシート。
その上 座席番号も記載されていない。
全席自由席の噂は本当なのだった。

出張なので 総務に飛行機の予約を頼む
が 国内線、ほぼ国内線のシンガポールでは
帰りに エアーアジアの便があれば チケットを捨て
とっとと帰る事にした。
座席が狭かろうが 機内サービスが有料だろうが
たかが 一時間のフライトだ。
0.4RMをコインスロットルに入れれば
シートベルトだって 使えるのだ。

がっ LCCってホントに安いのだろうか?
以前 仕事ではなく ペナンから KLの便を予約した。
正確に言うと 友人に購入してもらった。
友人が言う 貴方 荷物以下の人だったんだねと。
なんと 座席料よりも 預け荷物料が数倍するのだ。
俺は 荷物より安いのかと 夜の河原に頭を打ち付けた。






2017年11月10日金曜日

早く寝て 早く起きる事

もともと 寝付きが良く 短時間睡眠でも
予定の時間には 目覚まし無しで起きる事が出来ていた。

最近は いつの間にか寝ている
そして 午前2時~4時に目覚める。
こんな 時間から 行くとこなんかありゃしない。

眠れなくても 横たわって お腹の上で 手を組んで
目をつぶっていれば 休めていたのは 数年前以上の事。

最近は 頭が冴えわたっているので
いろんなことが 頭の中で グルグル グルグル。

今年になって ある打ち合わせで
じゃ To Do Listを作って下さいと言われた。
何それ?知らない言葉。
話の流れから 誰が何を いつまでにやるかって事だ。

ウ~ン そんな事をリスト化 文章化しなきゃ ならないのね。

お前は 何時までに これを上げろ
俺は 何時迄に これをあげるからって
さっき話したのに。

頭の中に それが記憶されているから
意識的にやらない以外は 
何とかするのだよ
が 基本だった。

で 横になり 目を閉じて
頭ン中で To Do Listの項目を 潰している。