2018年3月22日木曜日

坂を上がったり 降ったり/ミャンマーを北上せよ!

何処かで鶏が鳴いて 目覚める。
ルーフトップから 朝焼けを眺め
 
夜がほんの少し残り 煮炊きけぶる カローの街を徘徊す。

少し座ろうと 再びMiTar Suで朝食を。

皆が朝食を済ませたら 市場へGO!





場外のお茶屋で ティータイムを。
 
ホテルに戻り オレは購入したパンツ二本を水洗い 屋上に干した。
三人は ホテル近くのシャン・ヌードル屋に行くと言うが
そこにはビールが無いので オレは単独徘徊とした。
 
朝とは 別のエリアを徘徊しつつ
ビールのあるシャン・ヌードル屋Pyae Pyaeで昼食を。
モッチモッチのシャン麺。
 
丘に入り 坂を上ったり 降ったりの徘徊人生だ。







 
ホテルに続く坂を上がっていると バルコニーから
「廣川クン おかえり~」とYUZOが出迎えてくれる
カローで 過労が増し 増しさ。
 
夕食前に 丘の上のThein Daung Monasteryまで 階段を上がる。
そこは まるで 伏見神社の千本鳥居だ。
丘を降り 火鍋屋Thu Maungで夕食を。
 


「廣川クンの部屋の前で 呑もう」とYUZO。
馬来西亜から持ってきた「命の水」が底をついてしまった。
明日から どうやって生きて行こうか?
不安に包まれて 眠りについた。
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2018年3月21日水曜日

高原の街カローへ/ミャンマーを北上せよ!

ヘーホーからのタクシーは
峠のロング&ワインディング道路を登って行く。
線路と並走したり 離れたり また並走したり
時には交差する 行く処 同じだもんね。

幾つかの小さな町 少しは大きい町を通り過ぎる。
カローに近づくとトール・ゲートがあり 通過料を払う。

お目当てのGolden Kalaw Innで目利き衆が
部屋と値段チェックに ピンと来なかったら 他を探すそうな。
荷物ごとトンズラされない様に オレは タクシーに残った。
目利き衆は 目利きに時間を掛けている。
運ちゃんは 少し苛立って来た様なので
煙源を一本 献上し 二人で煙男と化す。
このホテルは丘の上にあり 街が見渡せる。
なんか いい感じの街だね。


目利き衆のOKサインが出て チェックインだ。
2階のバルコニーに面した 4部屋の内3部屋が二泊三日の住まいだ。
館内禁煙だが バルコニーでは煙男化できるそうで
角部屋がオレに割り振られた。
街をブラブラ 場内市場は閉まっている 明日の御愉しみ。
タナカが ナイトキャップにウィスキーを買うのだと言う。
値段が最も高いGrand Royal Signatureのポケット瓶を購入。
Mi Tar Suで お茶を。

夕方になると冷え込んできた。夜風が冷たい。
幾つかのレストランでメニューと値段 
そしてビールの有無をチェック。
シャン料理屋Shan Ma Layで 夕食を。

ポテトチップでミャンマー・ビールを呑みながら 料理を選ぶ。
ヒバリちゃんが シャン料理を注文し始めたのだが
店の娘が言う事にゃ 「これは無い それは無い あれも無い
ワタシは 無いの水中花~♪」
「そのページの料理は ぜ~んぶ ありません」
ひょえ~ シャン料理食べに来たのに~!?
女将さんが 出て来て言う事にゃ
「シャン料理人が月曜日がお休みで 出来ないのよ 
今日は月曜日だから」
落胆しつつ 気を取り直して 別の料理を注文し 食べていると
女将さんが頼んでいないスープを持ってきた。
賄い(家族の夕食?)を出してくれたのだ。
ありがとう 女将さん。






ブラブラと坂を上がり ホテルに帰る。
「廣川クンの部屋の前で呑もう!」とYUZO。
4部屋共有のバルコニーは 我々の歓談酒場となった。
マッタリと夜は更けていき ささやかな幸せと共に眠りについた。



2018年3月20日火曜日

ヤンゴンから 飛んでヘーホー/ミャンマーを北上せよ!

アザーンを聞き逃し お祈りもせず 起きたのは7時半だった。
徘徊せず 部屋で珈琲を2杯飲んで パッキングした。
今日はヘーホーに飛んで カローに移動するのだ。
カローってどんなとこ?

空港の店で昼食を。
ランチだと1,500MMKのフライドライスwithエッグが
この時間帯では2,500MMK そしてビールは無い。
なのにナシ・ゴレンwithエッグがあった。
何故なのか フライドライスと何が違うのか?
12時前なのでビールは我慢した。

セキュリティーで 使い捨てライター4個と
10年以上使用したジッポを召し上げられた。危険物はいけませんね。
気を取り直して煙部屋で バッグをまさぐると
使い捨てライター一個が!持つべき物は 予備のライターさ。

飛行機は遅延し ウロウロ徘徊すると
ミャンマービールがあるお店を見つけた。
すかさず 一杯は もう一杯を呼び~。もう12時過ぎてるしね。


機内軽食を食べると ヘーホーに着陸。
なぜか国内線空港なのに イミグレがあり ビザNo.を記帳。
獲物を待ち構えるタクシー運ちゃんの群れに向かう。
が 皆さん ノンビリと談笑されている。

カローまで25,000MMK 1時間ちょっとだと言う。
値切ると 離れて行く。
別の運ちゃんも同額 値切ると 離れて行く。
また別の運ちゃんも 離れて行く。協定価格だと気が付いた。
タクシーに乗り込み いざカローへ GO!

2018年3月19日月曜日

徘徊とタナカのタナカ/ミャンマーを北上せよ!

ここヤンゴンでも モスクからアザーンが流れ 起床。
朝の徘徊 昨年食べた 中華街の路地裏 お粥を探すが見当たらない。
仕方が無いので 路地や 市場をウロウロする。
 
 
 
 
日本食品屋Heiwa Martで ドリップ・カップ・珈琲を購入し
お腹が空いたので 近くのシャングリアで朝食を。

4人でお出かけ アウサン市場を ウロウロ。
線路を渡ってシャンヌードル屋Aung Mingalarで 昼食を。
 
市場に戻り 布を観たり 買ったりさ。

が オレは 初めて会うタナカに激しく反応していた。
タナカのタナカ!

シュエダンバゴダに行くタナカと別れ
近くのスーパーで 印度弁当箱とカップを購入。
お茶して ホテルに戻る。

皆でバスに乗って シャン居酒屋Mau Shweliで夕食を。

ホテルに戻ると
「廣川クンの部屋で呑もう!」

道路の横切り方が 駄目を出され 反省。
トホホなオレは 反省しつつ 眠りについた。














2018年3月16日金曜日

ユルユルと旅は動き始める/ミャンマーを北上せよ!

さてと 出発当日 洗濯をし 冷蔵庫を整理し パッキングさ。
衣類を減らしたスペースに ヒッソリと「命の水」2L二箱を忍ばせる
さて そんなオレはR中か?か は要らんか?
否!三段重ね印度弁当箱を買って帰るので 
その空きスペースに 秘かに詰めてみただけさ。

機内で「ブレードランナー2049」を鑑賞する。
前作から35年 作品設定上30年が経った。
オレのレイチェルは 今何処にと思っている内にヤンゴンに着いた。

サクサクと入国 お外で煙男と化す。
にじり寄ってくる 運ちゃん。

「ホテルまで10USDだから13,000MMK」
10,000だな。12,000?中取って11,000MMK 交渉成立。

ホテルに着き ヒバリちゃんに押さえてもらった部屋を確認。
良いじゃないか バルコニーもあり 部屋も広~い!
ありがとうヒバリちゃん。


ヒバリちゃんとYUZOと再会す。
「タクシー幾らやった?」
交渉して11,000MMK ピノキオの鼻状態で答える。
「はぁ~ タクシーカウンターで10,000MMKやったで~」
そう すっか。

タナカが到着 ブラブラしながら 
路地裏のミャンマー料理屋(呑み屋?)で夕食を。
アペタイザーは ポテトチップとミャンマービールさ。

ホテルに戻る。
「廣川クンの部屋で 呑もう!」とYUZO。

で ヒバリちゃんが囁く
「タナカは 値切らなくても9,000MMkだったてさ」

オレは項垂れながら ヤンゴンの深い闇に溶け込みつつ眠りについた。

明日は 徘徊さ!



2018年3月15日木曜日

旅はまだ始まらない / ミャンマーを北上せよ!

来週 六日程 勤務先と自宅のある Klang Valleyが
断水すると 水道供給会社がアナウンスした。
乾季に入ったこの時期 水浴びできない日々はチョット困るのだ。
そうだ ミャンマーに行こう!

なんて 思い付きだけで行けたらいいのだが 現実は違う。
ミャンマーへの旅は 昨年秋口に 行くかね?と聞かれた。
それは ヤンゴンからタージーまで 寝台車で行き
そこから カローへ スイッチバック鉄道で行く。
そして ニャウンシュエ(インレー湖)でユルユル過ごす旅だ。
いいね 持つべきは 良き友だ。
そうだ ミャンマーへ行こう!

ヒバリちゃんとYUZOが一月末に 吉隆坡に来てくれるって事で
一緒にミャンマービザを取りに行く事になった。
で 申請に必要な飛行機の予約をする事に。
昨年 予定されていた フェルナンデスAir Asiaは 
発着時間が変更されていて
かつ 馬航との価格差が 大した事なかった。
予定では 名古屋-バンコクと乗り継いでくるタナカと
ヤンゴン空港で落ち合い ホテルに行く目論見だったが 予定変更さ。

さて ヒバリちゃんとYUZOは バンコクからヤンゴンに先乗りし
寝台車と帰りの国内線飛行機の手配をしてくださる事になっていた。
のだが・・・・・。

お二人がヤンゴンに着いた事は 確認できていたが
チケット取れたよとかの連絡が無い。
落ち合うホテルは分かっているから 行きゃなんとかなる de ショー。
出発前日夕方に 連絡が入る。
「寝台車の予約取れず 軟座しか無い(24時間)
YUZOは バスで行こうと言ってる(12時間)」
イジメ?
「でも ヒバリは ヤンゴンに来て 調子悪くなったので
ヘーホーまで飛行機で行って カローに行く事にしたよ」

少し残念だが とてもウレシイ予定変更さ。
ヒバリちゃんに感謝し 「命の水」を呑んで 
ささいな幸せに包まれて 床で眠りについた。




ミャンマーへの助走