2020年3月31日火曜日

こんな時でも

もー14日も独りで家にステイ 最低でもあと14日間 ステイだ。
 近所の部屋からは 子供が泣き声が聞こえる。
お向かいの印度人の家からは 鐘の音が聞こえる。

夜になると 騒ぐ正体の分からない奴らが居る。
明日からは 実質的な夜間外出規制だ。

オレのお隣は 頻繁に住人が変わる。
ウクライナ人だったり チャイニーズだったり
さっき 聞いたんだ 日本語を
なんとかチャン お皿割っちゃた―!
割れたお皿を 片付ける音がしている
ガベージに捨てに行く 音。
空耳かも知れなかったのだが。







2020年2月3日月曜日

旅に出る度に 肉体が回復する

昨年4月に栄養失調で 倒れた後 5度目の旅から帰って来た。
吉隆坡に30年潜んでいるが これだってとても長い旅かも知れないけどね。

今回は 約一週間 南印度横断の旅だった。
20年ぐらい前に 一度デリーに旅した事があった。 
大きな都市 何処に行っても 人だかり そしてキツイ ガン見。
もう 印度は 行かなくてイイや と思っていた。
南印度は 北印度と違って ユッタリしてるし 人当たりも良いよって 誘われた。
で 行ってきました 南印度!
いろいろ面白い事が あったが それは また 別のはなし。

旅から 戻ると肉体感覚が 復帰していると感じていた。
今回の旅では 倒れる前の95%位までに 戻った事を認識した。

旅の宿で 勇造に言った。
「あのね つま先立ち出来るようになったよ」って
「見せてみぃや」
ボクは つま先立ちを披露する。
「つま先立ちで 足踏みしてみぃ」
やってみると できたのだ。
「ほなな~ 片足つま先立ちしてみぃ」
「お~ 出来るやないか~ ほな 両腕を前に真っ直ぐ」
「お~ 出来るやないか~ ほな両腕を開いて 水平にしてみぃ」
「お~ 出来るやないか~ ほな ユックリ 両足つま先立ちで膝をたたんでみぃ」
「お~ 出来るやないか~ 凄いなぁ~ 廣川クン」
「でやな その状態から 立ってみぃ ユックリやで」
あのね これってヒンズー・スクワットだよ。
「息を吐きながら しゃがんで 息を吸いながら立つんやで ユックリとな」

ぶっ倒れた頃 こういった動作をすると 肉体のバランスが取れず 倒れていた。
なので こういった動作は 怖くて出来なかった。
出来る事が肉体感覚で 認識できると いろいろと出来るようになった。
例えば ゲスト・ハウスの1階で カップにコーヒーを淹れてもらって
カップを持って 零さずに2階まで 階段で上がるとか。

で 吉隆坡に戻り 約一週間振りに車を運転した。
あっ ほぼ運転感覚が復帰していた。
それは 右足の踵がアクセル左側床についた状態で
踝を回し アクセルとブレーキを 操作する感覚だった。
今回の印度の旅の前は 足と脚が一体化した鍬状態で踵が浮いて
ペダルを押していたので 微妙な踏み込み感覚が 欠如していた。
この感覚があると 車線変更時のステアリングの回しや
右左 後方 前方車の動きを認識し ドンドコ 追い抜いて行けた。
で 会社の階段も 手摺に摑まらなくても 昇降出来た!

旅に出ると 何かが覚醒するのかな?


2020年1月19日日曜日

もう 作業着を着て 仕事に行かないのだ!

新しい仕事時間にも慣れて
作業着を着て出社するのも やめた。

いつ何時でも 何処でも 勝負してやる!
なんて 準備している必要は ないのだ。

50歳の誕生日の朝 目覚めると オレはド金髪になってた。
所謂 怒髪天か?

作業着で出社しなくなって 2週間経つが
あの時と同じように 誰も聞いてこない
「どうしたんですか?」とか
「いいっすね それ」とか

新しい勤務時間で 出社2週間が経ち
毎週月曜日9時からのセクション朝会に出る必要が無くなった。
がっ 今週から 朝会は11時にしたと言う。
いいんだぜ そんな事しなくてさ
オレは チョットした暇つぶしに 出社してるだけなのだから。



2020年1月9日木曜日

歩く行為について ワシも考えた!

昨年4月 栄養失調(脚気)でポンコツ君になったオレだった。
なんとか 真っ直ぐ歩ける自信の萌芽が出たのは 7月の京都の旅だった。
が  ダラダラ ヨボヨボ歩いているだけだった。
階段の昇り降り 特に降りるのが 怖くて 手摺に摑まる(しがみつく)しかなかった。

8月のタイ、ビルマの旅では 高い段差を昇り降り出来た事に
オレながら 感動したし 歩行数も増えた。

この辺りから オレは歩行数を増やす事を目標にした。
そして 右肩上がりで 歩行数が上昇した。
昨年11月には ついに一日2万歩以上を達成した!
がっ 翌日 摺り足でしか歩けなくなったのだ。
再び 歩行数とオレのメンタリティとフィジカルは 地に墜ち
朝 半覚醒の時 悪魔が耳元で 呟く
「今日も 仕事に行けないな 休んだら?」って。

そして 年末 日本潜入を試みた。
KIXで 到着階から エスカレーターで 上がる時
キャリーバッグが 後ろに倒れ そのまま オレは仰向けになった。
立ち上がる努力はしたが 立ち上がれず 仰向けで  エスカレーターで搬送された。

と或る日 居候先のベランダで モクモクしながら 寒いので足踏みをしていた。
「廣川クンな~ 足踏みする時は こんな風にしたら ええで~」っと
つま先立ち足踏みを 披露してくれたのだ。

この瞬間 オレは理解した。
オレは ポンコツになってから ベタ足で歩いていた事を。
人は 概ね 踵から着地し つま先で蹴りだして歩く。
傭兵は 足の踵外側から着地し 足の平をつけづ 
小指まで 動かし 小指から親指につけ 前進する。
足の着信音を消すために。

意識しながら 歩く。
例えば 体内の液体を 右足から お腹を経由し左足に移動させる。
踵から着地し つま先で蹴りだす。
階段の昇り降りは つま先から とか。
そして 無理をしない 5分歩いたら ベンチに座り 休む。
お家に帰ったら 膝にサポーターを付け メンテする。

歩く行為を 62歳にして 考察し理解したのだ!














2020年1月4日土曜日

さてと 今年は 何しようかな?

年末 日本侵入 弾丸ツァーで
軒下を借りている会社に 数年振りに 寄った。
オレは 扶養人数2名を1名に変更する事を伝えた。

軒下を貸してくれてる会社からは 二つ 伝えたい事があると言われた。
一つは マイナンバーを持っていないオレが なんか証明しなきゃならん事で
太田裕美ちゃんに よく分からんが テキトーに書いといてと伝える。

もう一つは 現社長(大学で初めて喋った金歯小僧)がインフルエンザで
倒れている(お前 オレに会いたくないのだろ?)O島が 
前社長F井さんに託した 嘱託依属契約書にサインする事だ。
オレはF井さんと口約束でテキトーに軒下を借りたが
O島は キチンとしたかったようだ。
でっ サインした。

20年振り位に 給与明細書を貰う オレは給与明細を働き始めて
30何年も真面目に確認した事が無い。
そこには 所定就労日22日 基本給〇円 健康保険料とか厚生年金とか雇用保険料とか
記載があった。なるほど フムフム。

そして 太田裕美ちゃんが 毎年渡せなかったですけどと
ヤドガリのオレに 2020年の手帳をくれた。
その手帳の頁下には
くだらない 標語みたいな言葉が記載されている。
例えば「生き残ると言う事は、戦う事である。」
「プロとは結果で勝負する人である。」とか
「反対方向に神経を集中せよ。真の攻防とは、
常にに反対方向に神経を集中していなければならない。」
とか とかと Ummm。

そして オレは 40年強位前に 教育テレビで見た
ある男のドキュメンタリーのタイトルを発見した。
「継続は力なり」
その男は 今も歌い続け オレは 今も聴き続けている。

で 少しだけ感謝する 受け取りもしない 使いもしない手帳に
何年もオレの名前を印字してくれた O島とF井さんに。

使おうかな 手帳 今年は

















2019年12月5日木曜日

振り返るには 早過ぎる

2ヵ月位前に 過去の納入した設備のRefarence Listを作って下さいと言われた。
それって な~に?
どんな業種のお客さんにどんな設備を納入して
受注前設計と 何か問題が あってどう対処したかとか
 このリストを参照する事で 受注前設計の時短とリスクを減らしたいんです。
フーン?!

納期はいつ?
11月末でお願いします。
分かったよ。

まさに 御隠居さん 仕事だ。

そして オレは 二カ月間何もしなかった。
そんな リストに従って 受注前設計をしたところで
マニュアルに従って 設計したから ワタシのせいではないって言い訳に
使われるだけなのだ。
一番大事な事は 後ろ髪がさかだったり
首すじが冷たくなることを 記憶できる 知識を持つ事。

オレのやっているゴトをする技術屋は
他人から 言われた事を 信じてはいけないのだ。
同じ製品を作っている お客さんも 入れているハナグスリが 少し違う。
お客さんに 辛抱強く アレ入ってませんか?
これっすか?みたいに聞き出す知識は
時には 図書館に行き 文献を読み漁り 製造工程とハナグスリを知らない限り
できないゴトなのだ。
まっ 今なら ネットでググれるかも知れない。

がっ そんなリストを作ってしまうと 単純に従うのだ マニュアル馬鹿は
技術屋で入社したのに!
自分で 排水を舐めたことも 手で触ったこともないくせに。

そして御隠居さんは 納期を数日過ぎて
まるで 夏休みの宿題を 最終日に一気にやる 小学生の様に ほぼ終わらせた。
もう 学校は始まっているのに~♬

振り返るには 早すぎる~♬





 

2019年11月4日月曜日

印度と馬来西亜でボクタチはガンバッタノダ! ボーナストラック

スクショ・コマワリが面倒でも結構面白かったので
印度国鉄に勝利後のボーナストラックです。

さてと 闘いは我々の勝利で ノーサイドだ!
そんな 後でもボクタチのチャットは続いてく~♬

 脚色なんかしねーよ!
 ド~して キミは 仕事中にチャットしてるんだい?
あの クソ高い イギリスでも タバコを止めない 浪費家だ。
女房、子供は霞をくっていきてるん だなっ!
脳内ポッドで 友川カズキの「生きてるって言ってみろ!」
が鳴りまくる。
 ボクは 在外で 一家離散だから
日本から スリングして 日本のTVを見れないんだよ。
 我慢できない奴!
いい加減に 我慢を覚えなさい。
 ドーピングに引っ掛かるから
プロテインは ダメだよ。
 そしてボクタチは ビデオチャットをした。
一時間もツダと無駄な時間を浪費してしまったのだ!
もう 死ぬまで 何時間も無いと言うのに。
さて ボクは イギリス赴任から 日本に帰る ツダに
馬来西亜に 来いと オファーを出した。
その時は 叶わなかったが 数年後 奴が 赴任してきた。
で また タッグを組んだが 日本に帰れ辞令が出て
奴の送別会で ツダが 皆に言った
「この親爺が 死ぬ前に もうチョットだけ 一緒に 仕事する為に馬来西亜に 来たんだ。」と 涙を流しなら言った。
「成長してねー お前と仕事が出来て 楽しかったよ お前が望めば何時如何なると処でも 死んでヤル!」とボクは 涙を堪えながら 贈る言葉を言った。
そして 男達は それぞれの道を 歩き始めた。
どーだ プロジェクトXに なったぞ ツダ!