2022年5月21日土曜日

極私的文房具史 筆記具偏其の一

 

小学一年生以前の筆記具の記憶は無い。

幼稚園、保育園には入園していないので、皆でお絵描き、皆で唄おう、皆でお昼寝をした事が無い。

姉が5歳、オレが3歳の時に引っ越した事で 姉が幼稚園に行くのが中途半端だったからだと思う。

オレには、書き方帳に一日数頁埋めるノルマがあったので、鉛筆位は持っていた筈だけど。

これがオレの悪筆人生の始まりだった。書き順が存在している事を知らない、最初の数〼にある点々が何の為にあるのか、〼の中に一字を形よく納めるとかを理解せず、ノルマ達成に励んでいたのだ。


 

小学生になり、Uniのダース箱が親から支給された。

プラケースに1ダースの鉛筆と鉛筆削り(消しゴム)がセットになっていた。

従って、筆箱を買ってもらった事も、ナイフで鉛筆を削った事も無い。

家にはハンドル式や電動鉛筆削りもあったし。

重度手ガッケのオレがナイフで鉛筆を削るなんて出来る分けが無いのだが。

重度手ガッケと言えば、低学年の頃は 手先で何かする様な書道、書き方、算盤、お絵描き等々の塾は全て数回で行かなくなった。

悪筆はドンドン進行した。最悪なのはテストだった。

問題内容も答えも即座に分かりかつテスト時間の半分以下で全回答を終える事を目標にしていた。答えが当たってりゃいいのだ。

択一問題で 番号や〼にレ点やら〇やら×を付けろについては、言われた記号を付けない、〼からはみ出す、〇が〇に見えない、×が×に見えない、最悪はレ点でVに見えたらマシな位だ。いまでも カタカナのソとン、平仮名のあとお、ねを書くのは苦手、さらに テンプレートで〇を書いても真円にならない。

同じ様な大きさで真っ直ぐ書いて行く事をしないので、文書回答や数式を示し解を導き出す問題では回答空欄に収まらないので、テスト用紙の裏側を使う。

よって、100点の筈なのに減点されてしまう。

抗議すると馬鹿は叫ぶ!読めない字を書くからだ もっと丁寧に回答しろと。

全学連は こういった抑圧的な社会に抗議してるんだと この頃知ったんだ。

 



小学高学年になり、進学教室に週一で通い始めた。

週一講義&テストで結果は、家に郵送される。これまでと同じで 正解なのに×やら△が付いて来る。

このテストの採点をしているのは 講義のセンセでも 事務員でもなく、現代であれば SNSやチャットにハンドル名で嫌らしい言葉をカキコする名前も顔も知らない不特定多数の誰かなので、抗議しても意味が無い事を理解した。

対策を検討したんだ。数秒~1分で書いていた回答を2倍の時間で書こう。

そして、これは親から支給されている鉛筆がUniである事が決定的な問題なのだと結論す。

あのUniの消しゴムだって怪しいじゃないか、キチンと消えてる事が無く薄黒い消し後の上の字なんか 判然としないし。

そもそも Uniの鉛筆削りも オカシイ。そうだろ、あの穴に鉛筆を差し込んで 鉛筆を回せば回すほど 永遠に削れていく永久運動、角度が悪いと尖った芯が折れてしまう。

消費を促す 何か財閥系企業のが 小学生の御小遣いを搾取するイヤラシイ資本主義が背後にあると感づいた。

世界にはオレにピッタリの筆記具あるはずだし、もしかしたら 思っただけで明朝体で綺麗に書いてくれる筆記具もあるかもしれない。世界は広く、工業技術は発展の一途。

進学教室に行くには高田馬場で乗り換え、中野に行く。帰りも同じだ。

馬場の駅前には、いつも全学連の隊列があり、アジテーターの煽りと隊列のコール&レスポンスがあった。

オレは キットこの運動がオレのUniからの解放の為に戦ってくれているのだと思った。

そして 進学教室の帰りは、中野から丸の内線で新宿 紀伊国屋、銀座 伊東屋に寄り道し オレの筆記具を探す旅に出た。

新宿騒乱の年の頃だった。

2022年5月20日金曜日

豊田有恒著「モンゴルの残光」1967年初出

 

50年振り位に「モンゴルの残光」電子書籍版で再読し始めた。

当時 文庫本で入手し、何度も再読していた。

電子書籍なので頁数が分からないが、2%位置であれ?これはアレだと思うが アレの著者、題名が思い出せない。物凄い大作で 龍に関係してた記憶しかない。

4%位置で 飛車が登場する。「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」だ。

10%位置で この世界の歴史的背景が語られる。

モンゴル帝国()が衰退し草原に戻る1310年代が実歴史との分岐点だ。

そして、第一章題は成吉思汗紀元八一一年だ。

成吉思汗が台頭したのは、1200年代だから、この小説の時代設定は、21世紀或いは生誕換算であれば20世紀後半か。

つまり現在の世紀なのだ。モンゴル帝国が地球世界の支配者として君臨している。

倭国なんて 3度目元寇で北条が敗れ無くなっている世界だ。

 

20世紀を生き抜き21世紀に突入しても未だ生きて小説を読んでいると、19世紀後半、20世紀に描かれた 近未来(パラレルワールド)の時代設定を越えてしまった事に気付く。

「鉄腕アトム」「1984」「ブレードランナー」「2001年宇宙の旅」「2010年宇宙の旅」「未来世紀ブラジル」「高い城の男」カートヴォネガットのお話、ハーラン・エリソン、ウィリアム・ギブソン、サイバーパンク、「クーローンズ・ゲート」「ミスト」等々。

幾つかの機械、計器、情報伝達システムは 実用化され、ある技術は一般化していないが出来ている。

鉄腕アトムで街の未来風景でビルから 出て来る軌道車があるけど アレは渋谷東横駅ビルから 出て来る井の頭線だよね、もう今は無いのかもしれないけど。

一番興味深い妄想技術は、プラグインだ。

脳とITシステムを接続し 脳に直接的に情報が蓄積され、思っただけで実行される。

プラグインしていないが かなりほど遠い技術が現在ある。喋ると答えてくれて、アプリを起動してくれたり、PC或いはスマフォ?を立ち上げると 「お疲れ様でした、今日もご苦労様、お風呂にする?御飯?それとも?」

コンビニの弁当袋を持って呆然と佇み そんなフォログラムに戸惑うヒトが居るんだろうな 多分。

この音声システムは、1990年代中頃のダイナブックに搭載されていた。

PCを立ち上げ オハヨウと明確に発声すると少女が画面に出て来て「オハヨウ ヨクネムレタ?」と答えながらアニメの少女がバク転した。

対応能力が数種類しか無かったので削除した。

先人が妄想した世界は、全てかなったわけではないが、かなりかすっている。

でも I will Never Go to Moon! 多分ね。


2022年5月19日木曜日

片岡義男と3の倍数について

 

数年前から 片岡義男ドットコム~全著作電子化計画で読んでいる。

片岡義男ドットコム ロゴは 2年前に亡くなった 文字アートの異才・平野甲賀だ。

片岡義男は、テディ片岡や「僕はプレスリーが大好き」、雑誌「ワンダーランド」後継誌「宝島」、FM東京「気まぐれ飛行船」で 好きな作家だ。

で、片岡義男は作家なのか?と考える。

角川時代でも 片岡義男は何処か文芸作家と一歩以上距離がある。

片岡義男は、ある情景、状況をドライに そして客観的に切り取った料理を差し出す。

一つのテーマをダラダラと続ける 長編には不向きだ。

長・中編と言っても 短編の積み重ねが重層的で有りながら繋がらなく、個々が乾いている。

片岡義男のエッセイ・書評と短編小説の境目は 曖昧だ。

文房具や機械、本や事象のデティールにコダワルのに。

 

さて、片岡義男ドットコムで読む本は、基本的に短編集とエッセイ集の一冊から、各一章()を一つの媒体として提示される。

一つ、一つを読んでいき一つの本になるのは紙の本と同じだが、電子化で読んでると何か紙の本と異なる事に気が付いた。

本を読む時に その各話の数を数えて読む事は無いと思う。

がこの媒体では、ある短編集、エッセイ集から一話ずつ提示されている。

気が付くと 短編集、エッセイ集と一冊の本は 何故か 各一話ずつが3の倍数で構成されている。

12話、15話といった様に。

一ヵ月程前にアップされたエッセイ集「絵本をひらけ」は全12話で構成されている。

そして 御丁寧に各話で取り上げられる絵本は、三冊だ。

今週アップされた 文房具にまつわるエッセイ集は、15話で構成され、ほぼ3枚の画像と細かいディテールの文章が。

片岡義男にとって 3とは何か?

彼の小説も エッセイも 一人称で書かれる事は多くない。

二人称よりも三人称で書く事が多い。それも 名前で。そして 二人の関係性にもう一人が存在する事があり そのもう一人は ストーリーの中で 実在し自分の会話をする事が無く 二人の会話に出て来る事が多い。

3とは、主体性を保ちながら 客観性を維持できる ドライな表現かも知れない。

引き続き 片岡義男と3の倍数を研究しよう。