半島マレーシア東海岸北部タイ国境に接するケランタン州では、
PAS(汎マレーシア・イスラム党)が、州政権を20年近く保持している。
政党名から分かる様に、イスラム回帰を旗印にしている。
この州は、州条例の宗教色が強いので、ホテルにも酒がなく、
店でも売っていない。
華人の限られたエリアに行かないと酒が呑めない。
総経理は、ケランタンのコタバルに行く時は、原則日帰りとしている。
宗教上の観点にたった、発言は この州が最右翼だ。
・スーパーのキャッシャーは、男性用と女性用を常設する事。
実際、分けているスーパーもあるし、社員食堂の配膳が男女別の所もある。
・この宗教を信仰していない女性でも、肌を露出した服装の場合、厳罰に処す。
華人女性は、気にしてませんね。
・喫煙者は、動物並みに理性がない。
と言われても、他の民族よりマレー系の喫煙率が、高そうに思うのだが。
・この宗教を信仰している女性は、口紅をしたり、ハイヒールを履いてはいけない。
これは、党内女性議員からも反発されてたね。
・シングルマザーと結婚する州議会議員に報奨金を。(この宗教は、1夫4妻まで)
1夫多妻は、寡婦の生活確保目的なので、正しいのでけれど。報奨金?
一方、セランゴール州のPASは、
・州議会議員が離党する場合は、妻と離婚する旨の誓約書をかわす。
いくら、与野党間で議員の引き抜きが多いからって、これは ちょっと。
PASは ヘビ・メタバンドや女性シンガーの来馬公演中止をいつでもぶち上げますね。
今年も、ビヨンセ公演に抗議して、ビヨンセ側が健康上の都合で公演延期を決めた。
総経理は、PASのおかげで、ビヨンセを知ってしまった。ありがと PAS。
少し 堅苦しい感じを受けますが、ケランタン のんびりした田舎です。
旧日本軍が、マレー、シンガポールに侵攻した出発点のひとつが、ケランタンのコタバル。南下しながら、華人への抑圧、虐殺があった。
「観光コースでない マレーシア・シンガポール」陸培春(著) 高文研(刊)
2009年11月12日木曜日
あの日の5時間42分29秒
「あの日」のMP3再生時間、ノンストップ・ライブだ。
こいつは、良い。
周囲の音は耳触りではない、「ガンバルマン」本人の声も 息遣いも聞こえない。
まさか 6時間 息を止めていたのではなかろうか?
凄い肺活量の持ち主だ。
2度程、休みの日の午後1時から連続再生し、
真剣に聞く試みに挑戦してみた。
が、酒を呑んでいる内に寝てしまう、
雨が降り始め 洗濯物を取り込んで、畳む、
夕食の用意を始めてしまう、本を読んでしまう等々。
この長尺大作を一貫通しで 堪能する事ができていない。
自分の注意散漫にあきれると共に、
よく考えるとお馬鹿な試みだとも言える。
明日は、KLから走行距離400km、 走行時間 3時間半から4時間、
タイ国境線まで100km強の北の町Sungai Petaniに行く。
日帰りなので、運転総時間は7時間から8時間。
単独運転なので、独りで「あの日」を丸ごと堪能できそう。
第1部1時間36分3秒 第2部1時間43分43秒 第3部2時間22分43秒
イメージ・シュミレーションして見ると。
第1部が終わった辺りで、Tapahのサービスエリアで休憩となりそうだ。
第2部の終わり辺りで、Butterworthだな。
第3部のメドレー辺りで、目的地のSungai Petaniなので、通り過ぎて、
アンコール2曲目が タイ国境か、国境を少し越えるか。
そして、そのまま、引き返して、KLまで戻れば、2回 一貫通しで聞く事が出来るはず。
Ummmm. これでは 副業業務のSungai Petaniでの「おつかい」ができない。
困ったもんだ。Hoy-Hoy!
こいつは、良い。
周囲の音は耳触りではない、「ガンバルマン」本人の声も 息遣いも聞こえない。
まさか 6時間 息を止めていたのではなかろうか?
凄い肺活量の持ち主だ。
2度程、休みの日の午後1時から連続再生し、
真剣に聞く試みに挑戦してみた。
が、酒を呑んでいる内に寝てしまう、
雨が降り始め 洗濯物を取り込んで、畳む、
夕食の用意を始めてしまう、本を読んでしまう等々。
この長尺大作を一貫通しで 堪能する事ができていない。
自分の注意散漫にあきれると共に、
よく考えるとお馬鹿な試みだとも言える。
明日は、KLから走行距離400km、 走行時間 3時間半から4時間、
タイ国境線まで100km強の北の町Sungai Petaniに行く。
日帰りなので、運転総時間は7時間から8時間。
単独運転なので、独りで「あの日」を丸ごと堪能できそう。
第1部1時間36分3秒 第2部1時間43分43秒 第3部2時間22分43秒
イメージ・シュミレーションして見ると。
第1部が終わった辺りで、Tapahのサービスエリアで休憩となりそうだ。
第2部の終わり辺りで、Butterworthだな。
第3部のメドレー辺りで、目的地のSungai Petaniなので、通り過ぎて、
アンコール2曲目が タイ国境か、国境を少し越えるか。
そして、そのまま、引き返して、KLまで戻れば、2回 一貫通しで聞く事が出来るはず。
Ummmm. これでは 副業業務のSungai Petaniでの「おつかい」ができない。
困ったもんだ。Hoy-Hoy!
って、今晩の夕食は、トンカツですね。
そして、BGMは、83年のラスタカラーの加川良ウィズ村上律。(A LIVE.)
出羽 お休み。
2009年11月11日水曜日
Shooglenifty「Live at Selwyn Hall」
1995年以降の数年は、KLのCD屋で 予備知識一切無しで、衝動買いしていた。
この頃 ネットもやってないし、雑誌も読めない、TVもローカル、
音楽の情報が無かった。
しかも、KLのCD屋では、当時試聴できなかった。
で、Ani Difranco 、Keb’Mo’、Titi Winterstein Qintett、Wall Flowersとか
まるで高校生の時の様に、CD棚の一枚一枚をじっくり見ながら、
裏表引っ繰り返して、おっさんが CD屋でジャケ買いしていた。
Shooglenifty「Live at Selwyn Hall」は、そんな一枚。
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ジャケット写真には、アコギ2棹、フィドル、マンドリン、パーカッション、ベースを弾く男達6人。
その内4人は上半身裸、70年代前半の髪形、髭面の奴も居るが、顔付はみんな若そう。
楽器構成から推測するに、David Grismanが演っていた様な斬新なBlue Grassの音の様。
家に帰って、聞いて 一曲目 ぶっ飛びました。
なんと、この楽器構成で スコットランド・トラッド・チューンを、
ユーロダンスビート(あのコムロってか)で演奏している。
その後は、ビートの効いた、ケルト。インスト、バンジョーの音も、
そして唸り声みたいなのが入る。
耳から鱗の音だった。原始的な音とビートを感じた。
余分な知識が無いので、素直に身体に入ってくる。
一発で、気に入った。
当時のヘビーローテション、今も 聞いてしまう。
ただ、いろんなCD屋で何度探しても、Shoogleniftyの他のCDどころか、
「Live at Selwyn Hall」ですら、KLでは、見付からなかった。
だから、総経理のお家には、Shoogleniftyは、この一枚だけ。
ネットで見ると、これは3枚目のCD,今も活動しているBandだ。
.jpg)
サバ味噌、自家漬物、野菜炒め煮、とろろ昆布のお吸いもの
少しだけ、なぜこの音に馴染んだのか?テキトーに分かった。
これって節操のない根っ子は、「はちみつぱい」っだっ。
では、良い子はお休み。
この頃 ネットもやってないし、雑誌も読めない、TVもローカル、
音楽の情報が無かった。
しかも、KLのCD屋では、当時試聴できなかった。
で、Ani Difranco 、Keb’Mo’、Titi Winterstein Qintett、Wall Flowersとか
まるで高校生の時の様に、CD棚の一枚一枚をじっくり見ながら、
裏表引っ繰り返して、おっさんが CD屋でジャケ買いしていた。
Shooglenifty「Live at Selwyn Hall」は、そんな一枚。
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ジャケット写真には、アコギ2棹、フィドル、マンドリン、パーカッション、ベースを弾く男達6人。
その内4人は上半身裸、70年代前半の髪形、髭面の奴も居るが、顔付はみんな若そう。
楽器構成から推測するに、David Grismanが演っていた様な斬新なBlue Grassの音の様。
家に帰って、聞いて 一曲目 ぶっ飛びました。
なんと、この楽器構成で スコットランド・トラッド・チューンを、
ユーロダンスビート(あのコムロってか)で演奏している。
その後は、ビートの効いた、ケルト。インスト、バンジョーの音も、
そして唸り声みたいなのが入る。
耳から鱗の音だった。原始的な音とビートを感じた。
余分な知識が無いので、素直に身体に入ってくる。
一発で、気に入った。
当時のヘビーローテション、今も 聞いてしまう。
ただ、いろんなCD屋で何度探しても、Shoogleniftyの他のCDどころか、
「Live at Selwyn Hall」ですら、KLでは、見付からなかった。
だから、総経理のお家には、Shoogleniftyは、この一枚だけ。
ネットで見ると、これは3枚目のCD,今も活動しているBandだ。
.jpg)
サバ味噌、自家漬物、野菜炒め煮、とろろ昆布のお吸いもの
少しだけ、なぜこの音に馴染んだのか?テキトーに分かった。
これって節操のない根っ子は、「はちみつぱい」っだっ。
では、良い子はお休み。
2009年11月10日火曜日
マレーシア国民もIC カードに指紋が入力されている。
パスポートの更新に伴い、就労ビザ用IC Cardの更新に、
先週Immigrationに行ってきた。
IC Cardには、本人認証の為に、
パスポート情報と両手親指の指紋が入力されている。
マレーシア国民もIC カードに指紋が入力されている。
マレーシア国民とは、マレーシア国籍を持つ人ですね。
57年の半島側がマラヤ連邦として、英国領から独立をした時、
63年マラヤ連邦にサバ、サラワク、シンガポールが加わり、
マレーシアとなった時に、
マレーシア国内に移住していた華人、インド人も、自国籍を、放棄する事で、
マレーシア国籍を取得できた。
オラン・アスリ(少数民族)は マレー系同様「土地の子」に括られた。
ブミプトラ政策で、「土地の子」は金利、税金、教育面等で、優遇されている。
華人、インド人が、この時に、不公平な条件で国籍を取得したのか?
「華人は、中華人民共和国の成立で、帰国が困難になった事と、
マレーシアで築いた経済基盤を確保する為に、
インド人は、低いカーストの人達が多かったので、インドに戻るよりはと、
それぞれ 馬国籍を取得した。」と総経理は考えている。
約50年の間、民族間の緊張が何度か衝突した。(69年5.13事件が最大)
ブミプトラで「土地の子」を優遇していても、
華人は、マレーシア経済、技術の中心位置を確保邁進している。
インド人は、経済、技術の隙間を埋めて、我が道を行っている。
自らが推進した「ブミプトラ」は、
マレー系のスキルを上げる事が出来なかったとDr. Mが涙した様に、
マレー人は、「頑張らなくても」って生きている。
各民族の「棲み分け、共存」の複合社会が確立したのかもしれないけれど、
信仰、民族習慣の「不可侵領域」を犯した場合は、
今も局所的衝突(小競り合い程度)がいくつか起きている。
.jpg)
なんて考えながら、夕飯は手抜き、ホットサンドウィッチとピザトースト。
よい子は お休み。
先週Immigrationに行ってきた。
IC Cardには、本人認証の為に、
パスポート情報と両手親指の指紋が入力されている。
マレーシア国民もIC カードに指紋が入力されている。
マレーシア国民とは、マレーシア国籍を持つ人ですね。
57年の半島側がマラヤ連邦として、英国領から独立をした時、
63年マラヤ連邦にサバ、サラワク、シンガポールが加わり、
マレーシアとなった時に、
マレーシア国内に移住していた華人、インド人も、自国籍を、放棄する事で、
マレーシア国籍を取得できた。
オラン・アスリ(少数民族)は マレー系同様「土地の子」に括られた。
ブミプトラ政策で、「土地の子」は金利、税金、教育面等で、優遇されている。
華人、インド人が、この時に、不公平な条件で国籍を取得したのか?
「華人は、中華人民共和国の成立で、帰国が困難になった事と、
マレーシアで築いた経済基盤を確保する為に、
インド人は、低いカーストの人達が多かったので、インドに戻るよりはと、
それぞれ 馬国籍を取得した。」と総経理は考えている。
約50年の間、民族間の緊張が何度か衝突した。(69年5.13事件が最大)
ブミプトラで「土地の子」を優遇していても、
華人は、マレーシア経済、技術の中心位置を確保邁進している。
インド人は、経済、技術の隙間を埋めて、我が道を行っている。
自らが推進した「ブミプトラ」は、
マレー系のスキルを上げる事が出来なかったとDr. Mが涙した様に、
マレー人は、「頑張らなくても」って生きている。
各民族の「棲み分け、共存」の複合社会が確立したのかもしれないけれど、
信仰、民族習慣の「不可侵領域」を犯した場合は、
今も局所的衝突(小競り合い程度)がいくつか起きている。
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なんて考えながら、夕飯は手抜き、ホットサンドウィッチとピザトースト。
よい子は お休み。
2009年11月9日月曜日
「ヨシギュー」マレーシア撤退か?
1ヶ月程前、KLCCのフードコート内の「ヨシギュー」が、
リノベーションでもしているのかと思っていたら、
別の店舗に代わる様だ。
日曜日、久し振りにMidvalleyへ行ったら
ここの「ヨシギュー」は、別の店舗になっていた。
5,6年前に、マレーシアに進出して、3店舗を展開していた。
強いて、「ヨシギュー」を食べなくても 総経理は いいのだが、
どうやら、一度も食べない内に、撤退してしまったようだ。
USビーフ狂牛病騒ぎで、味を守る為に 日本では牛丼販売停止の時、
マレーシアでは オージービーフかNZビーフで、堂々と牛丼販売してたっけ。
10年程前、「モス」も2,3店舗程展開して、2,3年で撤退してしまった。
ハラルの関係で、カツバーガー等の豚肉メニューは無かったけどね。
「モス」の撤退は、モス好きの総経理には、ちょっと寂しかった。
台湾やシンガポールでは、両店とも店舗を維持拡大しているのに、
価格なのか、味なのか、提携先との関係なのか、
どーも、ファーストフードの日本ブランドは、
マレーシアでは商売にならない様だ。
そういえば「すかいらーく」もマレーシアから撤退したっけ。って、日本でもか。
日系のあったモノが無くなる、そんな事を少しだけ
気に掛けるのは、日本人だからなのか?と自問するも、自答無し。
華人は、数百年も 同じ事を自問しているのか?
リノベーションでもしているのかと思っていたら、
別の店舗に代わる様だ。
日曜日、久し振りにMidvalleyへ行ったら
ここの「ヨシギュー」は、別の店舗になっていた。
5,6年前に、マレーシアに進出して、3店舗を展開していた。
強いて、「ヨシギュー」を食べなくても 総経理は いいのだが、
どうやら、一度も食べない内に、撤退してしまったようだ。
USビーフ狂牛病騒ぎで、味を守る為に 日本では牛丼販売停止の時、
マレーシアでは オージービーフかNZビーフで、堂々と牛丼販売してたっけ。
10年程前、「モス」も2,3店舗程展開して、2,3年で撤退してしまった。
ハラルの関係で、カツバーガー等の豚肉メニューは無かったけどね。
「モス」の撤退は、モス好きの総経理には、ちょっと寂しかった。
台湾やシンガポールでは、両店とも店舗を維持拡大しているのに、
価格なのか、味なのか、提携先との関係なのか、
どーも、ファーストフードの日本ブランドは、
マレーシアでは商売にならない様だ。
そういえば「すかいらーく」もマレーシアから撤退したっけ。って、日本でもか。
日系のあったモノが無くなる、そんな事を少しだけ
気に掛けるのは、日本人だからなのか?と自問するも、自答無し。
華人は、数百年も 同じ事を自問しているのか?
そんな事とは、関係無く、食べる夕食。
エビ卵、モヤシ炒め、チリナンプラー。
では、お休み。
2009年11月8日日曜日
いつもと ちょっと違う 日曜日
2009年11月7日土曜日
豊田勇造 6日間コンサート」の記憶 楽日
その後、勇造さんが、タイ、京都に住んだ事もあり、
東京でのライブ数が、減った事もあってか、
総経理は、年1、2回Liveに顔を出す位だった。
89年頃から、副業業務でマレーシアに行き始め、92年から 在馬日本人になった。
日本出張と勇造ライブ日程、場所が、ピタリと合わない限り、
勇造ライブを聞きに行けないけれど、
CD、歌旅日記アジア編も楽しんでいる。
この17年間で、「10年位前のマンダラ2」「2004年 拾得バースデーライブ」
「2007年 バンコク」 そして今年「6.6. 円山」にも行った。
時間、距離、年数、どれだけ親しいとかが「楽しむ」 絶対要素と思っていない。
大切なのは、今 ここで、勇造さんを楽しんでいる事。
まっ、いずれにしても、総経理は、呑んでいただけね。
そして、今も 呑んでいるだけ。それで十分。
次期総経理雪ん子は、毎年、北見で勇造ライブをやっている。
あるまじろ無限公司のスタッフの中には、
カラワン・友部・豊田 タイツァーに参加した人も。
どこかの勇造ライブで、再会した人も。
魚や虫の本を作っている人、まだ 東京近辺にいる人、
北海道に住んでいる人、山口に住んでいる人、カンボジアに居るらしい人も。
83年の記念写真がある。
写真をハードコピー、山口のTタさんが 北見の雪ん子に郵送、
デジカメ撮影でJPG化された後、マレーシアの総経理にメール送信された。
30年経っても、我々は、なんてシンプルに 手間をかけるのだろう!
あるまじろ無限公司に関わった人達、
3回の「豊田勇造 6日間コンサート」に来てくれた人達に、
ありがとうと思いながら、勇造さんとは、果てしなく 続いて行く。
誰か「豊田勇造 6日間コンサート」やってみませんかぁ、かぁ、かぁ、~。
東京でのライブ数が、減った事もあってか、
総経理は、年1、2回Liveに顔を出す位だった。
89年頃から、副業業務でマレーシアに行き始め、92年から 在馬日本人になった。
日本出張と勇造ライブ日程、場所が、ピタリと合わない限り、
勇造ライブを聞きに行けないけれど、
CD、歌旅日記アジア編も楽しんでいる。
この17年間で、「10年位前のマンダラ2」「2004年 拾得バースデーライブ」
「2007年 バンコク」 そして今年「6.6. 円山」にも行った。
時間、距離、年数、どれだけ親しいとかが「楽しむ」 絶対要素と思っていない。
大切なのは、今 ここで、勇造さんを楽しんでいる事。
まっ、いずれにしても、総経理は、呑んでいただけね。
そして、今も 呑んでいるだけ。それで十分。
次期総経理雪ん子は、毎年、北見で勇造ライブをやっている。
あるまじろ無限公司のスタッフの中には、
カラワン・友部・豊田 タイツァーに参加した人も。
どこかの勇造ライブで、再会した人も。
魚や虫の本を作っている人、まだ 東京近辺にいる人、
北海道に住んでいる人、山口に住んでいる人、カンボジアに居るらしい人も。
83年の記念写真がある。
写真をハードコピー、山口のTタさんが 北見の雪ん子に郵送、
デジカメ撮影でJPG化された後、マレーシアの総経理にメール送信された。
30年経っても、我々は、なんてシンプルに 手間をかけるのだろう!
あるまじろ無限公司に関わった人達、
3回の「豊田勇造 6日間コンサート」に来てくれた人達に、
ありがとうと思いながら、勇造さんとは、果てしなく 続いて行く。
誰か「豊田勇造 6日間コンサート」やってみませんかぁ、かぁ、かぁ、~。
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