2010年12月31日金曜日

今日は まるで大晦日

年越し蕎麦、天抜き


今年を振り返ると 副業は、まあ これはどうでもいいだろう。
正業は、 充実し過ぎていて 怖い位だった。

4月 関東「どぅたっち」「イサーン食堂」「My Back Pages」
6月 京都「拾得」バースデイ・ライブ2 days
8月 BKK「KRUA ROMMAI」
11月 守口「GYO ほんわか」
Oh !なんてこった 勇造ライブ参戦は、なんと7回! 
素面に近かったのは、恐怖の禁酒Live in 守口のみ。
他は、全て酔っぱらっていました。

4月 あ無公 客席ジャック & 昼夜反省会
   恵比寿たこ焼き笛吹きGo Go!
6月 京都「京極スタンド」研究会
   京都肉骨茶&チリ頒布会
8月 肉骨茶同好会研修旅行
タイ分科会 & 吉隆坡本部総会
11月 神戸「ライオン堂 & m’s bar」繁盛店を探る会
 京都「カフェ時々」の二毛作検討会
   山崎「連れ添って53年の夫婦について」座談会
新旧友人との行事=呑み会を積極的にこなす。
当然ですが 全ての行事で酔っぱらっていました。

嗚呼 思えば 今年も良く呑んだ。
こんな酔っ払いにお付き合いしてくれた方々 ありがとう!
今年一緒に呑んだ方々、今年呑めなかった方々も 来年 一緒に呑もうね!

さて大晦日恒例の「あ無公」業務連絡 冬眠中の次期総経理雪ん子に告ぐ!
「2011年6月 勇造北海道ツアー・ジャック!」を何とかしなさい!
って 6月予定の副業業務 何とかならないものかな?

そして 肉骨茶同好会会員に告ぐ!
2011年も 更なる普及活動にブヒブヒせよ!

では、良いお年を!

2010年12月30日木曜日

Sooo Baad Revue 「Live!」

コラボ企画「他人が穿く自分の褌で相撲を取る」其の三

石田長生(G)、国府輝幸(Ky)のファンキー&ソウル&ジャージー 
山岸潤史(G)、チャールズ清水(Ky)のブルーズ
永本忠(B)とベーカー・土居正和(Dr)のグルーブ・リズム隊
砂川正(V)のヴォイスと北京一(V)のシャベクリが宙を飛ぶ
「ソー・バッド」と呼んでいたスーパー・ソウル・ライブ・バンド!

もし 「Voice & Rhythm」の前に 
藤井裕(B),正木五郎(Dr)が「ソー・バッド」にいたら
比類なき最強のツィン・バンドだったのに・・・。(惜&笑)

「ソー・バッド」は、一年強の活動。
76年にスタジオ録音盤が、解散後にこのライブ盤が出た。
文句無しにライブ盤のみ購入した。

石やんのカッティング・ギターが冴え渡る
1曲目「ソウル地下鉄」2曲目「What’s Going On」

北京一の「唄はさほど上手い事ありまへん」で始まる3曲目「かたつむり」
北京一のシャベクリ・ブルーズがきまっせ!
♪痛い 痛い、誰か助けて Somebody Help Me! 山岸~!♪と
北京一がシャウトして、ギュイ~ンと山岸のギターが鳴る
カッコええっ! 究極のロード・ブルーズ 

ヒップなバンド演奏に 砂川の熱いボーカル!
こんなオイラと歳が違わない奴の絶品のヴォイス!
4曲目「最後の本音」6曲目「青洟小僧」

御祝儀曲 5曲目「しょぼくれあかんたれ」7曲目「おおきにブルース」

金子マリもやっていた「最後の本音」
♪俺はけっして 悪い人間じゃない 
ただ 考え~が あっまっいだけ♪
このフレーズは、今でも「座右の銘」だ!

茹でモヤシ、オクラと苦瓜炒め

2010年12月28日火曜日

原武史著「滝山コミューン 一九七四」

この本の主体は、
ある世代の教師達が、70年安保後の新興住宅地の小学校で、
思想的な側面から集団教育を行い、著者が実体験した数年の話。

一番興味深かったのは、
その小学校で行われた思想的集団教育とは、異なる教育。
別の側面「四谷大塚進学教室」(まだ都内でだけだった)
そして また別の側面「自由学園」についてだ。
著者は総経理よりも五つ年下だが、小学4 ~ 6年の3年間は、
この二つの場については、ほぼ同様の体験をしている。

最終目標の大学の為に、小学時代に受験技術を如何に身に付けるか?
総経理が「四谷大塚」に通った時期は、
ある世代の教師達が、教師になる数年前の頃。
中野教室へ通う道すがらの池袋、高田馬場、新宿。
御揃いのヘルメットを被って、アジる御兄さん方に憧れ、
一方 ブラブラしているフーテンの御兄さん方にも憧れる。
中学受験なんぞ眼中に無く 進学教室に通う 能天気な小学生。

さらに「自由学園」、「友の会」がらみで、
学歴偏重主義とは違う 自立して良い家庭を築ける人格形成?
小学低学年から「友の会おこづかいちょう」を使い、
毎月のおこづかいを如何に計画的に使用し、貯蓄するかを覚えた。
では無く、如何に粉飾決済し、漫画や駄菓子を買うかを覚えた小学生。

この二つの場は、当時の“中流家庭”の典型的な“教育指針”だ。

この本の思想的集団教育よりマスが大きく、地域性を持たないので、
切羽詰まらず、緩々と対処方法を身に付けていった。
二つの何とも相容れない様な“教育指針”のおかげで、
「別に 皆 同じじゃなくてもいいじゃないか」
「自分の中でも 矛盾する考えや行動があってもいいじゃないか」と
半ズボンを長ズボンに穿き替えて、
素直に真直ぐ曲って行く事にした。


マグロブツ、イカ

2010年12月27日月曜日

小林たけし オアシスレコード

コラボ企画「他人が穿く自分の褌で相撲を取る」其の二

現在某bが展開中の
「他人の物を自分の物の様に紹介するコーナー(決してドロボーではない!)」
さて そのキッカケとなったのは、以前ここでupした
小林たけしのギター・インスト・アルバム「ユンタ」だった。

委員長某bが「これは三部作なの?」と聞いてきたんで、
R中の脳味噌を捏ねてみたら 少し記憶が甦った。
確か「ユンタ」の数年後、オアシスレコードから、
二作目「幻想」発売のお知らせがあった様な 曖昧な記憶。

その頃「アルマジロ6日間コンサート」で、1年を6日で過ごす良い男の私。
呑み代以外の出費 例えばレコード購入には、慎重な時期だった。
なので、購入しなかった。その後オアシスレコードからのお知らせは無かった。

検索少年になってみると、
何処の誰のかも分からないDiaryがあった。
「小林たけしさんのオアシスレコードの3部作、ユンタ、弦想、ラサ」とある。
末尾には BGM:“砂山の主題による即興曲”by 小林たけし とクレジット。

BGMは、「ユンタ」B面3曲目だ。
そして二作目は、「幻想」ではなく、「弦想」かぁ。
お知らせの記憶が無い三作目は、「ラサ」なんだ。
嗚呼!27年前 Yさんのギャラを誤魔化しても、買っておくべきだった!
って、そこまでしなくても 一晩呑まなきゃよかっただけか!

縁があれば 聴きたいな 小林たけしの「弦想」「ラサ」!
いったい どんな音なんだろう!

鶏肉とオクラのカリー

2010年12月24日金曜日

「Early Times Strings Band Vol;1」

コラボ企画「他人が穿く自分の褌で相撲を取る」其の一

吉祥寺の渡辺勝の家に寝泊まりしていた
村上律、松田幸一、竹田裕美子、今井忍と結成したバンド。
バンド名が長いので、当時は「アーリー」と呼んでいた。
渡辺勝の細く、震えるボーカル、
少し悲しげな歌詞、抒情的なメロディーが好きだった。
Yさんのライブの打ち上げで、なぜか渡辺勝が居て、3言位話した記憶がある。

さて、その「アーリー」の79年製作の自主製作盤が、
「Early Times Strings Band Vol;1」なのだ。
画像は某b「他人の物を自分の物の様に紹介するコーナー」でどうぞ!

これを入手したのは、80年か81年。
70年代 いくら アンテナを広げていても、
自主製作盤やマイナーな音盤の情報が簡単には掴めない。
で その手の音盤がありそうなレコード屋を渡り歩き、
丹念に棚の音盤を一枚ずつ見て行く。暇だった事もあるが楽しかった。
中古コーナーに、非売品(サンプル品)が出回る事があって、
たまに そんなレコードも掘り出せた。
貰っても聴きもしないで売っちゃう人がいるのか、
それらは中古と言うより、新古品だった。

このレコードは、そんな掘出品だった。
購入時のレコード状態は良かったけど、
音源そのものがモノラル録音で 録音音質が悪かった。
せこいプレーヤーで聞いたので、さらに音質が悪くなってしまった。
ただ、シングル1枚しかリリースしていなかった「アーリー」、
他の音源では、五つの赤い風船「ゲームは終り」の
斎藤哲夫「吉祥寺」のバッキング位しかなかった。

今じゃシールズからボーナストラック付きでこのCD出ている。
神戸のライブCDも出ている上に、ライブもやっているし、新作CDもある。
As Time Goes By  時は過ぎても 今 生きている 音がある。

豚汁

2010年12月23日木曜日

音楽(音盤)にまつわる親戚の話

一人は、父方の札幌の叔父。下戸でした。
年長の親戚誰もに「あんな大人になっちゃイケないよ」と言われた。
多趣味で亡くなるまで、夢みる少年だっただけなのだけどね。
初版本を保存用と読了用に2冊買う様な人だ。
この叔父の家には、Folkways Records他民族音楽の音盤があった。
50、60年代に採取されたルーツ・ミュージックの音源があった。
二十歳位の時に、叔父に「貸してくれない?」と聞いたら、
「駄目だ。傷つけられるから ここで聴いて帰れ。」と言われちまった。
こちらが働いてからは、縁遠くなってしまい、10年前に叔父は亡くなった。
あの音盤達は、今 何処にあるのだろうか?

もう一人は、母方の同い年、同学年の従兄。こちらも下戸でした。
叔父と同じで夢見る少年の儘、22歳で亡くなった。
3月生まれなのに、可哀そうだからと4月2日生まれに。
地元の有名高校への受験に失敗し、
可哀そうだからと某私大付属高校に入学、高校から上京してきた。
叔父・叔母から「近いから 面倒見てね」と言われた。
ほんとは、一か月年上なのに弟みたいな奴だった。
まぁ 金持ちのボンボンですわ。

細野ティン・パン系、大瀧ナイアガラ系、関西オレンジ・レコード系
ルーツ・ミュージック系(輸入盤)をどっさり買い込んでいた。
叔父と違い 奴は音盤を貸してくれたし、勝手に録音までしてくれた。
売るあての無かった「さあもういっぺん」を1枚買ってくれた。
が 奴のツボを少し外したのか ライブに誘っても来なかった。
風太みたいに センチのローディーになりたいと言っていた。
最期の数カ月 築地のがんセンターに入院していたのだが、
歩けた頃は 銀座のヤマハまで音盤漁りに抜け出していた。

供養だからと遺品の音盤を5枚程頂戴した。(10枚イヤ20枚かも?)
奴が愛聴した1310師匠「鼻唄とお月さん」は、気が引けて頂戴できなかった。
奴の持っていた音盤は、今も従妹の所にある。


で、夢見る少年のまま 生きてく事にしましょうね!

大根と豆腐

2010年12月22日水曜日

ステレオとレコード

「他人の物を自分の物の様に紹介してしまうコーナー」
サブタイトル「決してドロボーではない!」 現在某所で公開中!
総経理的には「自分の物が他人の所でしか見られない聴けないコーナー」
サブタイトル「決して覗き屋ではない!」となる。

アンプとターンテーブルが中央、刺繍布張りスピーカーが両脇に付き、
四足で踏ん張る家具みたいなステレオが家にあった。
居間に鎮座していて、小学生から中学2年位まで、
家族の迷惑顧みず、これでレコードやソノシートを聴いていた。
78回転も聴けた優れ物。SP盤無かったけどね。

玩具みたいなスピーカー別のポータブル・プレーヤーを買った。
高校2年位まで、自室に籠って これで聴いていた。
同じレコードを毎日々々何度も掛け、
針圧を掛けるのに一円玉を乗っけたりしたので、
当時 聴いたレコードは、シャリシャリ、ガリガリ。
戦前ブルースの音源になっちまった!
今頃 音盤保存委員長几帳面某bが唸っている事だろう。

2代目は SONYのカセット付きミニコンポを
雑誌「私の部屋」の「売ります」で購入。
3代目がパイオニアのカセット付きミニコンポ。
SONYよりマシだが、大層なもんではありません。
2代目以降で聴いたレコードには、比較的傷が無い・・・・・はず。

世の中は、レコードからCDに替わり、
暫らくして 韓国無名ブランドの三位一体型ステレオを購入。
だが、各々自室のCDラジカセで聴く様になり、
レコードを掛ける為には、物をどかす必要がある立派な棚となった。
以降、この20年以上レコードを聴いていない。

思えばステレオ性能には無頓着、レコードには乱暴な人生だった。
嗚呼 可哀そうなレコード達よ!
音盤保存委員長宅で静かに寓居せよ!
♪それは僕じゃな~いよ、そ~れは ただの某bさ~♪


おでん味ヨントウフ