2018年1月23日火曜日

一年の刑は 元旦にありや?

さて ワタシは60年間 元旦に何か
今年は こうとか ああとか 考えた事も
宣言した事も無いのだ。

人は在るがままに 成り行きで過ごすものなのだ。

が 酔った勢いで とある御宅で 
ほんの少しだけ 吐息交じりで 宣言した。

今年こそ 一日に一分は ギターを触るのだっと!

今年もようやっと23日が過ぎ 23分強はギターに触っている。

久し振りに 弦を張り替える。
D'AddarioのExtra Light Gaugeだ。
大昔の刷り込みで どうしても弦の太さで
張って行こうするのだが
老眼もあり 弦の太さが識別できない。

こんな時 D'Addarioは 介護がしっかりしている。
玉に色が着いていて 弦が識別できるのだ。

が その色が何弦なのか 分からない。
すったもんだで 今晩は15分もギターを触ってしまった。
つまり 15日分の貯蓄をしたのだ。

ワタシは けっして 一日一分 弾くと言ってな~い
ただ 一日一分 触るだけ~♪







2018年1月18日木曜日

Crazy 'Bout an Automobile

もともと 車には 興味が無かったんだ。
免許を取ったのも 働いてからで
各地現場の工業団地では 歩いて昼ご飯を食べに行けない
やむにやまれぬ事情からだった。
勿論 その頃は マニュアル車だったし チョークがあった。

時は40年近く経った 馬来西亜。
さて 今朝 出勤しようとすると エンジンがかからないが
電源が入り パワステ警告灯が点いている。
取説のトラブルシューティングを読む。
ディーラーに直ぐ検査させろと書いてある。
会社の車だし 昨日メンテに出したばかりなので
総務に連絡し サービスの手配を済ませた。

いろいろググると バッテリー落ちが主原因のようだ。
バッテリー落ちでエンジンが掛らないから
制御されているパワステ異常が出るようだ。
マニュアル車や全てを電子制御されて無い頃のオートマは
イグニションキーを回し アクセルを踏み 踏み。
バッテリー低下でも セルの音を聴きながら
アクセルを微妙に踏めば 何とかなった。
或いは チョークの引き具合とかでね。
が ブレーキを踏んでいないと ワンプッシュボタンが拒絶する。

不自由な車だ。
そう言えば 200km/hで制動が掛かり 危うく ステアリングを切るところだった。
蛇行抑制機能は 動物の反射神経を逆なでるのだ。
俺にとって 車は エンジンが掛かり
直進、バック、左右に曲がれて
アクセルを踏めば スピードが出るだけでいいのだ!
出来れば ブレーキを踏めば 減速し 止まってくれれば
それで十分~♪

が メンテの要求事項には
バッテリーのチェック 必要なら交換
エンジンオイルの交換
クーラントの交換
タイヤのローテーション、アライアメント、バランシング
必要ならタイヤ交換
ワイパーブレードの交換
最低必要限な事を書いていた。
極東中部の殿様車屋さんに断固 要求する
メンテレポートを提出しなさいと。
以前 メンテに出した後 乗って帰ると
ラジエーターの温度が上昇した。
クーラント入れ忘れてたのね。

まっ そんなもんさ ヤレヤレ。





2018年1月15日月曜日

異文化の人

昼飯を食べ終わり 電気舎弟と昼の打ち合わせ。

「変っすよ なんで日本で市販の天カスを買ってかえってくるなんて
天カス 自分で作ればいいだけじゃん」

それは 日本に連れ合いと一時帰宅した若い衆が話した事だ。
なんと 二人で80kgの荷物を日本から持ち帰ったのだ。
当然 過重料金を払ったそうな。

荷物の中身は日本で買った 
歯磨き粉、レトルトカレー、天カス、麻婆豆腐の素等々
ゴッソリと買い込んだようだ。
「もう嵩張って スーツケースに入れるの大変でした」
「箱から出さなかったのか?」
「箱に賞味期限書いてあるので 箱外しませんでした」
ヤレヤレ

「吉隆坡でも売ってるだろ?無けりゃ ネットで買えるよ。
わざわざ 日本で買って持ち帰る物か それ?」
「いや~ こっちで買うと高いし ネットでは送料掛かるし」
で 超過料金か フムフム。

「米買ったか?」
「スーパーで パールライスを4kg。お米重いですから」
ナルホド。

だいたい 市販天カスが売ってなかったごときで
吉隆坡のS/Cを巡る事そのものが変だ。
電気舎弟も オレも 売って無い物 バカバカしい値段の物は
地元の材料で作るのだよ。

そして電気舎弟が
「免許切れて車運転できないのに 誰も 俺の事送ってくれないんす」と
「よ~し 今から 帰るぞ 準備をしろ!」
「師匠だけが 頼りっす」
俺達は もっと馬鹿だ。




 

2018年1月7日日曜日

God Bless Me or We Shall Over Come

さて 幾つかの夜 幾つかの朝を
日本で過ごし 吉隆坡に戻り
何も無い 日常の週末。
洗濯をし お昼ご飯を作り 食べる。
 

少しだけ お昼寝をし

で 夜に こんな独りの夜
やぎたこ"We Shall Overcome"をひっそりと聴く。

今夜は 眠れそうもない。

2017年12月21日木曜日

忘却は力為らずや

チョットした淫夢で目覚めた。
20数年来の電気舎弟と同衾している悪夢だった。
そうだ 昨夜はこの舎弟の赴任歓迎会で呑んだのだ。

20年近く前の日本出張 東陽町で舎弟や兄さん達と呑んで
西船の電気舎弟のお家に泊まった事があった。
電気舎弟は 連れ合いにホームレスのオジサンを拾ってきたと告げ
俺は 御礼ですと その日に仕入れたCDを次々に掛けて
出された酒を呑み続けた。

翌朝7時過ぎに目覚め 一階に降り 
電気舎弟の連れ合いに 御礼を言い 風呂を借り
珈琲と自家製パンを頂き 幼稚園児の娘と話していた。
では 御暇しますと言うと 電気舎弟を起こしてくると
えっ 出勤日なのに 彼奴はなんでまだ 寝ているのか?

ボ~っと出て来た電気舎弟 今日 俺は休みますと。
もう帰るんですか?ユックリシテいってください。
で 数時間前の繰り返しで 電気舎弟と呑み始めた。

昨夜は飲み会の後 電気舎弟の単身住居に行き
なんか 画像を撮られ 
かつ 舎弟連れ合いとビデオ通話をさせられた様な気がする。


こんな電気舎弟が大好きなのだ!








2017年12月17日日曜日

Here is my area!

ボ~っとしてたら この街に25年も住んで居た。
今や 鄙びた地域だ。

天空の公寓から 地上に降り
ポトポトと歩き 御飯を買いに行った。

















何処に行けば いいのか?

2017年12月12日火曜日

Eat Food on the Road in Morning Dark Streat

まだ東海岸まで 高速道路ができていない頃
9時、10時の打ち合わせに行くのには
吉隆坡から 50kmも離れていない処から
ひたすら 一般道を走ったもんだ。

朝4時、5時に 俺の家に集合して
最速で走る俺の運転で出発する。

ゲンティンの峠を下ると 
街道沿いの小さな街があり
6時前の真っ暗な 道路脇には
雲呑麺屋があり シュンシュンと湯気が立っていた。
駐車場というより ただの野原に
椅子が出ている。
で 俺たちは 雲呑麺を食べた。

かつての 肉骨茶では 炭火七輪の上で 薬缶がシュンシュンしていた。
カジャンの丘の上 現場に入る手前の廟の中に
肉骨茶があり 朝も明けない中 廟の灯明の中で食べた。

東海岸に走ると 華人文化圏から
ドンドン離れていく。
というか 道路沿いで 食事をとれる街なんて
皆無なのだ その頃はね。

100km位走り 河を越えると
たった一軒か 二軒の掘立小屋を大きくした食べ物屋があって
漢字とバハサの看板がある。
それが広東なのか 福建なのか 料理の種族は分からないが
不思議に美味しい 中華だった。

東海岸の街から 夜帰る時に
イボンヌが 此処には美味しい醤油が売ってるいるから寄って行こうと。
饅頭を食べ 醤油を買って帰る。甘くて旨い中華醤油だった。