2018年6月12日火曜日

クマさんに会いたい@弾丸ツァー

垂直に起きると 念の為 セットした目覚ましの一時間前だ。
荷物を持って 階下に降りると 京子さんが起きていた。
バルコニーで チョット他愛も無い話をして お別れした。

ありがとう京子さん、彰さん ありがとう しろくまで会えた人達。
誰かを忘れている気がするが それはそれで無かった事にして
札幌まで ロンサム・ドライブさ。

札幌駅で車を返し みどりの窓口で 旭川までの切符を買う。
理解できないが ライラック旭山動物園号ですが
ライラック5号と 何も変わりませんと説明される。

着ぐるみの女子に 乗車証明書を貰うと旭川だ。
ササキくんが迎えに来てるはず も~し 約束通りなら~♪
改札の向こうには ササキくんが 恥ずかしそうに佇んでいた。
二度寝も遅刻もしなかったササキくん 大人になったね!
って 旭川に前泊かいな?

ホラ話をしながら 東川町へ。
田植えになる頃に 会いに行こう~
少しの御土産と自分の命の水を抱えて~
髭だらけの顔をクシャクシャにして~
そうだ クマさんに会いに行こう!

岡チンが草刈りをしていて ワンコのアッチ、コッチは居るけど
クマさんは 居な~い な~い な~い。
まるで我が家の様に 侵入する ササキくんに導かれ 家に侵入。
しばらくするとクマさんが戻ってきた。
ヤアヤアと近況も話さず 12時過ぎていたので命の水を呑む。


清涼な空気と緑に囲まれ お外でBBQだ。
勝手に過ごす人達

ホラ話と1%のホントの話で 時間はド~ン ド~ン過ぎて行った。
朝摘みのアスパラガスに クマさんが隠し包丁を入れてくれる。
これは 噛めるでしょと出してくれた カマボコの美味しかった事。
ほとんど コッチに食べられた~けど♪
皆は 焼きおにぎり オレは卵かけご飯~♪
ズボンの自慢話をしている ササキくんと岡チン
 
ササキくんは一週間前に 初孫が生まれたそうな。
おめでとう!
で 今日はお別れだ。
ありがとう クマさん、岡チン ありがとう アッチ、コッチ~♪
誰かを忘れている様な気がするが それはそれでなかった事にして
千歳に行き 回転ずし屋で一杯呑んだ。
忘れてきた人達の夢にうなされながら 幸せに眠った。

翌朝 垂直に起床し 
荷物の様に運んでくれる エアアジアの中に居て~
半分は 今回の旅で 会った人の事を
半分は 何処かの誰かの様な自分を想っている~♪
 
 

 

2018年6月8日金曜日

YUZO LIVE in ニセコしろくま@弾丸ツアー

朝の光りで垂直に目覚めると 未だ4時だった。
朝陽は優しく ユックリと明るさを増していく。
オレの国では 7時になっても まだ暗く
ものの30分で 垂直に太陽が上がり 禍々しい熱を撒き散らすのだ。
早くて 広い 北海道の朝~♪ と口ずさんでしまった。

京子さんに おはようと言って
いつもの旅の様に 徘徊に出掛けた。
のだが 5号線を行き交う車は
東南アジアよりも 凶状的で キュンと尻尾を丸めて
絶対安全剃刀のしろくまに引き返した。



彰さんが まっかりまで お使いに行くと言うので
コバンザメする事にする。
ビシッとお出かけ戦闘服に着替えた彰さん
が あれをしたり これをしたり なかなか お出かけしない。
ああ ここにも 誰かと同じ人が居る~♪
細川たかし像の看板を見て 気分はもう観光さ!

戻ると12時を過ぎていたので「命の水」を呑む。
お客さんが ワラワラ ヨレヨレとやってきて
昼下がりのライブ前呑みは ド~ン ド~ン過ぎて行く。
ふと気づくと5時を回っていた。誰か居ない様な気がするが
それは それで 無かった事にして 呑み続けるのも いいもんだ。

降って湧いた様に YUZO LIVEが始まった。
オレは 目を付けていたロフトに上がる。
PA無しの音が天使になって 天場に舞い上がり
スル スルと 天場にそって 羽を休めに ロフトに舞い降りて来た。
そんな 素敵な 空間。

ライブは ド~ン ド~ン過ぎて行って
ロフトの後ろから ギターの音がユックリと近づいてきた。
オレの耳元で 囁くように その唄は始まった。

このままバスの背中にゆられ 何処までも行けたら~♪
逢えないかもしれない 逢えるかもしれない~♪

京子さんの 静かな決意でライブは終わった。
明日は早いからと打ち上げ途中で 先に寝かせてもらった。
って 昼から ずっと打ち上げているのだが。

階下から聞こえてくる 会話と笑い声を子守歌にして
ほんの少しの今日の事 明日の事を想いながら 寝た。






2018年6月7日木曜日

ガッテン ガッテン@弾丸ツアー番外編

彰さんと京子さんは 秋田で
勇造と十九 二十歳の頃に出会ったそうな。
それは 1970年か 71年の頃だね。
歌旅日記 日本編では 札幌の定宿 梅本くんの家に泊まると
書かれている。

さて 三人の出会いには 必ず美味しいオカズが付く。
その時のライブの後で その日街頭デモで パクられ 収監された
秋田大生奪還作戦で 警察署を三千人が取り囲み
勇造が ギターを弾きながら 「Set him free」と唄ったとか。
奪還先には その方は収監されてなかったとか。

さて 70年か 71年で 秋田大学で 勇造がライブをやったのか。
どんなライブ?
京都出身者が 秋田大学で 学園祭に呼んだのか?
でも あの時期に学園祭している 大学があるのか?
あるかもしれん!
勇造研究者として 重箱の隅に仕舞っていた。

が 今回 彰さんから 貴重な一言を聴いた 酔っ払いながら。
発見の会の人達と 勇造が来たんだと。

あれ これは おかしいぞ
発見の会・勇造ツアーは 1976年からだし
前史の「味覚革命論序説」は 秋田に行っていない はず。

さて ワタシは 勤務先の朝 いつもの様に 
読みたい文献をぐぐる ぐぐる
が 出て来たのは 瓜生良介 発見の会「小劇場運動全史」!

で ガッテン ガッテン!
71年に「ソウルフル・テロ・モグラ」で東北ツアーに行く。
メンバーに勇造が居る。
そして 秋田大生奪還作戦と。

ピースが 微妙に納まる。
でも まだ 納まりきれない 人達が居る~♪







2018年6月5日火曜日

北の大地を走る@弾丸ツァー

ふと目覚めると オレは北海道の朝に居て
南国暮らしには 少し肌寒く 手が震えて レンタカーに乗った。

16号線から276号線 支笏湖を右に巻きながら走る。
支笏湖は 海の様に広く 波に乗れよと 俺を誘う。
オレの国では ウィンカーを出す事が無いので
今回は大ウィンカー養成ギブスを装着して 特訓してきた。
が 道道は オレを嘲笑う 信号は 無い!
対向一車線 車線変更も無い!
ましてや 法定速度走る道民は 居ない ない ない~♪
孤独なドライブ 一服する店も な~い ない~♪
230号線、66号線 羊蹄山観ながら 5号線に入る。

気づか無かっただけだが 人も含めた生物も轢かず 何処にもぶつけず
今日、明日の宿「ニセコしろくまコテージ」に到着。

京子さんに迎えられ 草刈りに行っていた彰さんも戻り
12時も過ぎているので「命の水」を頂戴する。
夕食の買い出しにコバンザメをする。
誰も歩く人が居ない ニセコ本通り。
立ち寄った信金では 外貨両替できるみた~い。
が MRはダメだ。
ふと 見ると そこにはHKDの表記が 
藤村ク~ン 北海道ドルでしょ~と日本円を北海道ドルに両替
意気揚々としろくまに帰った。

で その夜は いろんな水と いろんなお話 美味しいツマミ
なんせ たった独りの貸し切りさ。
そんな至福の時間は ド~ン ド~ン過ぎっていって
ニセコの静寂な夜闇に包まれて 少しだけ幸せに眠った。

2018年5月20日日曜日

下川さんのNever Ending Trip

今も 過酷なノホホン旅を続けている下川裕治さん。
ネット上で 彼の現在の旅の様子を知る事ができるサイトがある。

クリックディープ旅
東南アジア全鉄道走破の旅

上記二つは チョット前の旅で いずれ本になる。

ほぼ一週間毎に更新されるブログが 
たそがれ色のオデッセイ

最近のブログで 気になった話が二つある。

一つは ロシアの地方で外食店が無く
スーパーや万事屋で お惣菜を買って
ホテルの部屋で食べ、これもありだと思った話。

これは オレも いろんな国でやってきた。
仕事が終わり 仕事帰りに独りで外食したり
ホテルに帰ってしまうと外に出て食事をする事が
億劫になってしまうのだ。
で お惣菜を買い 部屋で一杯やりながら 部屋飲食。
或いは ルームサービスや出前を取り 部屋飲食。
イスラムの街では 公共の場で 呑むことが難しかったりするしね。

で 下川さんの読者から
「部屋食は楽ですけど ちょっと安易では?
やはり 下川さんには 外で食べて欲しい」 と言われてしまう。
そして 下川さんは 襟を正さなければと考え
「やはり僕は部屋食を拒み、街にでなければいけないのだろう。」
と自戒する。

もう一つは 「旅の少数派のひとりごと」と題されたブログ。
GWには 自宅で仕事をし GW明けにタイ経由で
インドネシアの鉄道に乗りに行く。
なぜなら ホットシーズンは 飛行機代が高いからだ。
こんな自分が 旅の本を書いていていいのだろうか自問する。
で 読者から
「大丈夫です。下川さんみたいな旅は 誰もしませんから」と。
ならばなぜ 僕の本を読んでくれるのか?と 
そして旅の少数派だからだと 
確かに酔狂な旅は誰もしないと下川さんは納得する。

やはり 64歳で 酔狂な旅を続けるのに
時々 お悩みになられるかもしれない。

でも 末永く Never Ending Tripを ノホホンとお続けください。
応援しています!





2018年4月26日木曜日

こども食堂と個食の狭間に 

有志がやっている こども食堂を知ったのは この数年だ。
いろんな事情があり 御飯が食べられなかったり
独りで 食べなければならない こどもに
食を通じて 皆と一緒に 御飯を食べる場を作ることなんだろうな。

今日 見た 報道の一つで
地方自治体が 独りで過ごす子供へ 宅配で夕食を届けると。

この差は大きいな。
食を満たす事は 大事だけど
もっと 大事なのは 料理を囲んで 誰かと 御飯を食べる事だ。
そんな事で お腹と精神が満たされるのだ。

で 独りで料理を作り 独りで食べている。
「今日は あそこの料理風にしてみた」
「ウ~ン チョット 何かな~」
と 声に出さず 脳内会話をしている。


 
 

2018年4月18日水曜日

亜細亜の片隅のパン屋と政治

さて この国では 総選挙が行われる。
焦点はいくつもありながら 一つしかない。

野党になった旧与党勢力と
現与党勢力の はらの探り合いだ。

まっ どちらも 同じ政党です。

現与党勢力が 取っている攻撃は
旧与党勢力が取った事と同じだ。

が 何かが違う気がする。
その何かは まだ分からない。

さて つい数日前
旧勢力の親玉が 20年位前に
日本のどっかのお店と経営したパン屋が閉店した。
でっ

旧勢力の親玉が言う
「現勢力は 経済的に上向きだと ならば なぜ パン屋はつぶれたのか?
それが この数年の全てをものがっている」と
フムフム。

現勢力は言う
「パン屋一つ守れない奴が 国を守れるわけが無い」と
フムフム。

そうだ パンが食べられないなら ケーキを食べればいいのに。