「哀愁の街に霧が降るのだ」から果てしなく続く
シーナ私小説的大河バカ小説シリーズ、
この30何年 性懲りも無く 読み続け 読み返している。
その最近刊 椎名誠著「新宿遊牧民」を読了した。
読了したと書いたが、読了したと言えるかどうか激しく自己批判して 「命の水」責めの刑を受けねばなるまい。
この文庫本を手にし まずカバーを外し
あとがき、文庫本のあとがき、解説を熟読。
逸る心を押さえて巻末の写真をジッと眺める。一時間経過。
この時点で メインテーマは 事象として分かってしまっているのだ。
事象が分かっていても このシリーズは 関係無いけんねっ!ってシーナ言うところの「小川いっぱい小説」につき 二時間沈思黙考。
沈思黙考したところで バカ飲酒で壊れている脳味噌では解決しないので、
ようやっと 表紙、目次から 読み始める。
このシリーズを読む時は いつも ワシワシ ガシガシ読み進む。
で あるバカ人物が出て来ると読了頁の角を折って その人物が出て来る次の場面、
また次の場面と飛ばし読みをする。
思慮が足りないので、その人物の記述数行以外の前後10頁位も読んでしまうのだ。
で また 読了頁に戻り また別のバカ人物の登場で 頁の角を折りまた 飛ばし読み、人物記述数行以外の前後10頁位を読む。
これを何度も繰り返すのだが 飛ばし読み途中で 尿意を催し
退座する時にも 律儀にその頁の角を折って、且つ 丁寧なのか ズボラなのか 折った角を戻さない。
なので 本の正面左隅が分厚くなってくる。
もー さっき何処を読んでたの?ワシ分からんけんね状態!
その上 飛ばし読みで前後10頁を読んでいるので、読み進んで行くと モーレツなデジャブ感に苛まれる。
激しく 身悶えしながら 読了。
嗚呼 これがシーナ的「小川いっぱい小説」なのね!
「小川いっぱい小説」の極私的正統読書法 免許皆伝!もっと読みたい シーナ・バカ小説シリーズ!
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