2019年1月26日土曜日

覚醒する精神は 何を越えるのか?

中学生の頃 何で知ったか コリンウイルソンを知った。
多分 実存主義のカウンターの様に新実存主義と日本で呼ばれていたからか?

彼の書籍初出は1950年代から60年代。
神田の古書街を漁っていると 「アウトサイダー」を見つけ購入 当時で100円位だ。
難解な本なのだが なぜか惹きつけられて 古本屋で発行順に読んだ。

精神(脳)を自己で覚醒する事が 深化(進化)する個なのだ
と 勝手に理解する。

コリンウイルソンには、オカルトや殺人を通じた 評論と小説がある。

その人達は 何をキックボードにして 突き抜けた個になったのか?

その答えが アウトサイダーから アウトサイダーを越えてなのか?

今日観た 立花隆との対談で コリンウイルソンは語っていた。
「覚醒した精神の人が拡充し
 もし私が2020年まで生きていたら
 新しく変身した世界を観る事が出来るかもしれない」と。

が インターネットであげられる誹謗、中傷、確証も取らないシェアー
正しいけど画像はいきなり見せないでねって世界。

もう亡くなったコリンウイルソン 精神寄生体となってね!











2019年1月15日火曜日

サイゴノ ヒトハ

このサナトリウムに来てから 何年経ったのだろうか。
お見舞いに来てくれた友人達の足も遠のき
白樺林で ナースと追いかけっこをしたのも だいぶ前の話だ。

めっきり体力が落ち ベッドで横たわる日々が続いている。
妄想するのは 元気だった頃の事や出来なかった事。

定時には 朝、昼、晩と配膳がやって来る。
マッシュドポテトとやら 細かく刻まれ 柔らかく湯がかれた 緑黄色野菜
汁はポタージュ系が多く ガーリックトーストが添えられているが
供される前に ワラワラと細かく砕かれ ポタージュに投入される。
主菜は 柔らかくソテーされた白身魚だ。
魚の身を抜いて 刻み 皮に戻して ソテーされている。
添え物は 刻みニンジンのグラッセ。
時には豚レバーのパテも。

そして ベッドに横たわり 裏螺鈿の手鏡を見ながら
薄くなった髪を漉き 両側の元気な眉毛をスキムする。
口髭と顎髭を整える 誰に逢うわけでもないのに。

じっと 手鏡を眺める 空虚な口腔に残された
サイゴノ ヒトハ

がんばらなくていい まよわないでいい
いま その執着を棄てなさい!

その時 その日こそ 自由になるんだ~




2019年1月3日木曜日

佐野眞一著「唐牛伝」

佐野眞一さんの著作は 幾つも読んできた。

オレが10代前半の頃 街で観た70年安保が過ぎ
残り火の中 党的な闘いと
もう少し 違う闘いがあった頃。

あの人は 予備校の先生
あの人は 沖仲士で暮らしていると。

唐牛さんって 60年安保の人がいて
時には 居酒屋のおやじ 時には 北で漁師を
時には 南の島で洞窟で生活してるって
話を聞いた事があった。

なんか 凄い人らしいって。

断片的な情報が耳に入っても
なにせ 唐牛さん 何も書いてないし
酒飲みだし。

佐野さんの「唐牛伝」で 幾つかの事が分かった。
もっと自由に いろんな人と生きたかっただけなんだ。

本の中のたかだか4行だけど
福田恒存の立場を越えた文章は 沁みる。
「私とは全く反対の立場でありながら、私が最も好意をもつ主流派諸君に忠告する、
先生とは手を切りたまへ、ついでに。共産党から、貰ったニックネームのトロッキストを
自称する衒学趣味から足を洗いたまへ。歴史を手本とする教養主義を棄てたまへ。
警官より物を知ってをり、郷里の百姓に物を教えるうるなどいふ夢から覚めたまへ。」

思想に自由あれ 精神に自由あれ 行動に自由あれ。