2009年11月6日金曜日

次期総経理雪ん子の記憶

あの時も、予定通りに、移動できなかったのね!

6.6.の前日 京都。
予定通りに、飛行機に乗れなかった様に。

あの時はね、総経理が相模大野駅で、入場券で入って、
入場券を次期総経理に渡して、総経理が定期券で改札を通り抜けたんだよ!たぶんね。

一度しか会った事のない、道産子を お家に泊める 総経理。
部分的に 保護する為に、
毛布を下半身に二枚重ねて寝てました。

恵比寿こづち風豚生姜、baby french bean。
なんか、今日のアイススケートで、Knocking Hevenes Doorで踊ってる奴が居たな。
では、お休み。

豊田勇造 6日間コンサート」の記憶 五日目

84年は、冬に あるまじろ無限公司内ユニットで「ブレークダウン」を1日やった。

井の頭公園の花見で、故S司さんと誰だったかが池で泳ぎ、警察に補導された。
総経理は泳げないので、池にザブッと浸かっただけで補導されなかった。
そして、打ち合わせをして、呑んで、進んで行く。

この年 勇造さんは カセットブック「センシミーナ」を国立マーススタジオで録音、
あるまじろ無限公司も「賑やかし」で参加、ライナーノートに名前がクレジットされる。

S木さんと「東海道線各停最終の大垣止まり、京都遠征の旅」も敢行した。
が、新宿「韃靼」で呑み、中央線で寝てしまい、待ち合わせの電車に乗れず、
次の日 始発の新幹線で京都に行った総経理の事は、また別の話。

資料がないが、記憶では
9月たぶん18日(火)から23日(日) 19時開演 主催 あるまじろ無限公司
初日と楽日が豊田勇造ソロ。
ゲストは、中山ラビ、フラメンコ舞踏家(お名前を失念)、白竜、友部正人(順不同)
チケット代は 値上げしたか、1日券を作ったとか 通しのシステム変更をしたかな?

”追記(09,11,8) Tタさんから情報が
9月19日(水) 友部正人 豊田勇造
9月20日(木) 白竜 豊田勇造
9月21日(金) 豊田勇造
9月22日(土) 中山ラビ 豊田勇造
9月23日(日) 田中美穂 豊田勇造
9月24日(祭) 豊田勇造

※3日券と1日券があって、それぞれ緑と紫で色分けしていました。”

勇造さんが「センシミーナ」全8曲を毎日 セットリストに入れると言うので、
6日間全部来る人には、ちょっとねって事で、
3年間で初めて セットリストについて、素面で30秒程 議論した。
「センシミーナ」から 何曲か入れるって事に落ち着いた様な気がする。

いつもの様に、受付で呑み、ギャラを渡し、毎晩打ち上げ。
第三回目の「豊田勇造 6日間コンサート」が終わった。

その年、総経理は無計画にも所帯を持ち、85年2月に出産予定だった。
この3年間、呑み代と6日間コンサートに 清く正しく年収を使っていた。
呑み代と6日間コンサートを天秤に掛けて、意地汚く呑み代を選択した。

次期総経理雪ん子は、大学卒業で北見に帰る事に。"追記 09,11,8, 雪ん子は、84年春に帰道"

そして、呑みながら、総経理は、
あるまじろ無限公司を遊眠する事にした。

雪ん子迷子事件!?

82年3月 雪の札幌で「とりあえず、東京に着いたら電話をちょうだい」と総経理
に言われ、東京での再会を誓う雪ん子であります。
翌4月 札幌駅から国鉄~青函連絡船~東北本線という、伝統的スタイルで上京
を計るも、前夜行われた送別会の大酒が崇り、急遽飛行機で上京することに
なってしまうのです。
(帰道の時にも、まったく同じ事をする…あぁ、イカン)

羽田空港から総経理に電話をして、「あーして、こーして小田急線に乗るのよん」
とレクチャーを受け、いざモノレール駅へ向かいます。
(雪ん子も小田急線の奥地に住むのです)
山手線に乗り換え、無事新宿駅に到着した雪ん子は、(多分)中央口で小田急の
切符を買い『国電の』改札を通るのですね。
(この辺、合っていますかね?記憶がアイマイなのですが…)
そうしたら、また改札があるではありませんか。
上京したてのホッカホカを悟られたくない雪ん子は、
改札された切符を、当然のように駅員に渡して(ひょいっと、ほおリ投げて)
『小田急の』改札を通ったのです。(…同じ事したヒトいないかな~???)

ふと我に返った雪ん子。
「電車を降りた時に渡す切符がない!」「東京は怖い所だよ、おかーちゃ~ん」と、
小田急線のホームでパニックになっていたら…。
「北海道からお越しの雪ん子さま、ご友人から電話が入っております。
駅長室へ…」とのアナウンス。
もしや、ワタクシを呼んでいるのですか?と駅長室へ行って電話と取ると、総経理の声が。
「新宿駅、分かった~?ちょっと面倒なんだけど…」
   …はい、もうすでに洗礼は受けましたです。
「もう、遅くなるから相模大野で降りて、家においでよ」
   …はい、ぞうざぜでいだだぎばじゅ…(涙)
聞けば、羽田からの経過時間を計算して電話をくれたらしい。

この時、雪ん子は総経理に一生付いていこうと固く決心するのでありました。
(うっそ~~~。そういえば、相模大野までの切符はどうしたんだろう???)




  83年のチケット。何故か「当日精算券」の文字が…。











通詞経理のおうちは、外壁を張り始めました。

左側の濃い青色は、工房部分で鉄板張り。

正面の下側、薄い青色が住居部分で、下見板張りです。

もう2週間ほどで張り上がりそうです。

そうなれば足場を外して、いよいよ内部の造作です。

足元の白い物体は、そうです、雪です!