2022年5月19日木曜日

片岡義男と3の倍数について

 

数年前から 片岡義男ドットコム~全著作電子化計画で読んでいる。

片岡義男ドットコム ロゴは 2年前に亡くなった 文字アートの異才・平野甲賀だ。

片岡義男は、テディ片岡や「僕はプレスリーが大好き」、雑誌「ワンダーランド」後継誌「宝島」、FM東京「気まぐれ飛行船」で 好きな作家だ。

で、片岡義男は作家なのか?と考える。

角川時代でも 片岡義男は何処か文芸作家と一歩以上距離がある。

片岡義男は、ある情景、状況をドライに そして客観的に切り取った料理を差し出す。

一つのテーマをダラダラと続ける 長編には不向きだ。

長・中編と言っても 短編の積み重ねが重層的で有りながら繋がらなく、個々が乾いている。

片岡義男のエッセイ・書評と短編小説の境目は 曖昧だ。

文房具や機械、本や事象のデティールにコダワルのに。

 

さて、片岡義男ドットコムで読む本は、基本的に短編集とエッセイ集の一冊から、各一章()を一つの媒体として提示される。

一つ、一つを読んでいき一つの本になるのは紙の本と同じだが、電子化で読んでると何か紙の本と異なる事に気が付いた。

本を読む時に その各話の数を数えて読む事は無いと思う。

がこの媒体では、ある短編集、エッセイ集から一話ずつ提示されている。

気が付くと 短編集、エッセイ集と一冊の本は 何故か 各一話ずつが3の倍数で構成されている。

12話、15話といった様に。

一ヵ月程前にアップされたエッセイ集「絵本をひらけ」は全12話で構成されている。

そして 御丁寧に各話で取り上げられる絵本は、三冊だ。

今週アップされた 文房具にまつわるエッセイ集は、15話で構成され、ほぼ3枚の画像と細かいディテールの文章が。

片岡義男にとって 3とは何か?

彼の小説も エッセイも 一人称で書かれる事は多くない。

二人称よりも三人称で書く事が多い。それも 名前で。そして 二人の関係性にもう一人が存在する事があり そのもう一人は ストーリーの中で 実在し自分の会話をする事が無く 二人の会話に出て来る事が多い。

3とは、主体性を保ちながら 客観性を維持できる ドライな表現かも知れない。

引き続き 片岡義男と3の倍数を研究しよう。