おでんと馬来西亞、星加坡の現在形醸豆腐は、確かに似たところがある。
1. 練り物が入っている
おでんだと薩摩揚とか
2. スープ仕立てとドライがある
おでんだと、ツユ仕立てと味噌田楽
では 違いはって言うと
1. おでんは煮込むが、醸豆腐はスープを掛けるか、数分スープでネタを温める
2. おでんは昆布、鰹出汁の醤油仕立て、
醸豆腐は鶏、魚出汁の塩味清湯仕立て
味つけとかは、伝わってから時間が経てば、現地化していくものだから、
これ位の違いは、出て来るかも知れない。
見えてこないのは、どっから、どうやって伝わったかなのだけど。
モスリムが食べられる様に魚のすり身主体になったのなら、
現在形の醸豆腐は、馬来西亞、星加坡で出来た事になるのだが、
いつ、どこで 醸豆腐の現在形が、出来たのかが分からない。
大阪の「たこ梅」によると、江戸時代末期に、
広東人が海岸で煮込み料理を作っていたのを真似て始めたとの説があり、
「関東煮き」ではなく、「広東煮き」だとある。
広東に客家が居るから、醸豆腐がルーツって あり得そうだ。
19世紀半ば過ぎから、現在の馬来西亞客家が渡り始めているから、
スープ仕立ての醸豆腐が、19世紀にはあった可能性は高い。
だけど、客家が居る台湾で、スープ仕立ての醸豆腐を食べた事が無い。
台湾で黒輪(オーレン)、韓国でオデンがあり、
日本のおでんとほぼ同じものがあるけれど、
これは、戦前の日本統治時代に由来する様だ。
おでんのルーツがスープ仕立ての醸豆腐の可能性は十分にあるのだけど、
確信には至っていない。
おでんも美味しいし、醸豆腐も美味しいから、それで十分!
参考になったのは
「とことんおでん紀行」新井由己著
http://www.odengaku.net/menu.html
http://www.takoume.co.jp/