大晦日、三が日と、塩澤幸登著「U.W.F.戦史」を再読した。
第一次UWFについて書かれている。
第二次UWFの復活とU-COSMOSまでの「U.W.F.戦史2」が
昨年 既に発売されているが、
馬来西亞の紀伊国屋書店には入荷されていないので未読。
新日からプロレス的にスピン・アウトしながら、
革命的に変化した「UWF」には、思い入れがある。
プロレスとも、現在の総合格闘技とも言えない、
ただ「UWF」としか呼び様の無い、「UWF」。
で、UWFについて書かれた文章には、つい反応してしまう。
「U.W.F.戦史」を再読しながら、新日、U系と自分を時系列で反芻してみた。
1976年 新日「猪木―アリ戦」、総経理「さあもういっぺん」LPと出会う。
以降 総経理 両者にのめり込む。
1982年 新日「長州維新軍」、総経理「あるまじろ6日間コンサート」を始める。
1984年 「第一次UWF」旗揚げ、総経理「6日間コンサート」を休眠。
1988年 「第二次UWF」旗揚げ、総経理「馬来西亞」業務に関わる。
1991年 UWF 三団体に分裂、総経理「馬来西亞」一号機が動く。
1992年 新日「闘魂三銃士」台頭、総経理「馬来西亞」在住となる。
以降、プロレスは「週プロ」を読むだけ、
勇造はテープとCDを聞くだけの 総経理ライブ的「冬の時代」となる。
そして、U系は、総合格闘技に呑みこまれていき、
新日は、猪木の迷走で右往左往して行く プロレス的にね。
2009年 プロレスは「冬の時代」を過ぎたと言われ、総経理は「6.6 円山音楽堂」。
ふむ ふむ、無理に合わせてみたものの、プロレス的に符合するもんだ。
と言いつつ、次期総経理雪ん子の忠告を受け入れ、今日も休肝日とする。
なんてね、ソースのかおりにあらがえず 呑む! へへへ!
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