2014年9月16日火曜日

「ひそやかな花園」角田光代著

角田光代が小説家である事を知らなかった。

2週間前位に「キッドナップ・ツアー」を読んでから
次々と 角田ワールドに 耽溺している。
そして「ひそやかな花園」を読了。

夏の数日だけを一緒に過ごす 7つの家族。
ある年から 夏の集いは 終わり
子供達の記憶の片隅で 夏の思い出の残滓が固まる。
そして 7人の子供達が大人になり
夏の集まりが なんだったのか
なぜ 終わってしまったのかを 知ろうとして再会する。

子供達は、非配偶者間人工授精(AID)で生まれた。
彼らは 何か他の人と違う空白(残滓)を心に宿している。
その空白を埋め 新たな扉を開ける。

「キッドナップ・ツアー」、「予定日はジミー・ページ」、
「ツリーハウス」
何れも 父、夫、男が問われていると思う。
「ひそやかな花園」では 男側に不妊の要因がある事で
問われる父、夫、男の位置を明確にしている。
生んだ妻()、生まれた子供に対して
男は 苛まれ 家族から離脱していく。

受精から十月十日 へその緒で 繋がっていた
()と子供が共有する 原初的な愛憎には 
入って行けない何かがある。

子供達の一人 樹里が離脱した父と逢って想う
「自分達は川に突き刺さった二本の棒のようだ」
「母の静けさは満月に似ていて、父のそれは雪に似ている」

ならば 暖かくなったら 融けてしまおう。
 
 

2014年9月9日火曜日

北へ 東へ 音もを連れて

昨日は 北へ 往復8時間弱のドライブ。
音もは The Allman Brothers Band
Fillmore East 三点盛り!
 


フライング・ドッグのギターが吠え 飛び回る。

起きてよ ママ お話をしようよ
起きてよ ママ 愛してるって言って
私はあんたのママじゃないよって
あの娘は どっかに出て行ったけど
そんな あの娘が好きだよ

俺は知らなったけど 誰かが悪かっただけなんだ
だから 帰って来てよ 

日曜日の 買い物から帰って来ない お前
そんな 月曜日の朝には 砂嵐が俺にまとわりついて
お前を呼んでも お前には届かない

君は 俺の事 嫌いかも知れないけど
俺は 皆に あの娘を愛してると言った
皆が 言う お前もあの娘は若すぎると

何十分か毎に 別テイク、同じテイクが流れる。
もう 頭ン中は グルグル!グシャグシャ!

で 今日の東の音もは この方です。
 

2014年9月7日日曜日

また また 再開する 料理!

子供の頃 家には「栄養と料理」とか
友の会発行の中華料理本やらがあった。

父がどっかの国に出張に行って
こんなものを食べた こんなんもあったと言う。
乾物のフカヒレやらナマコやらを買ってくる父。
これらをキチンともどす方法は 昭和30年代で
キチンと書かれていたのは 友の会の本ぐらいかな。
偉いぞ 羽仁家!

食べた事も無いお料理を 調理するのは
想像力だけが頼りだ。

当時 ちょっと洒落た 中国料理を食べられるのは
「銀座アスター」ぐらいだった。
ふかひれスープは食べられても 
フカヒレの姿煮は 食べられない。
ナマコの餡かけなんて 無い!

で 当時小学生4年頃 俺は 野球チームに入っていた。
練習の後 昼食で
小学56年の奴等が 爬虫類の眼で俺に言う
「お前ん家では ライスカレーかもしれないが 
 これは カレーライスって言うんだ!」
「お前んとこみたいに カレーと御飯が別じゃないんだ」
「スプーンは コップに入って出てこないんだぜ!」
「お上品に喰ってんじゃねーよ 混ぜて喰えよ これが本場のカレーだ!」


は~い は~い!
俺は 母親の趣味で 白シャツ 吊り半ズボン() 編み上げ革靴で
小学校に通っていたし ピアノも習ってたし、
毎週日曜日は 教会に行って 都内の進学教室に通ってたよ。 
でもね 家だって スパイスから カレーは作って無い。

高野のカレーや中村屋のカレーは 食べに行ったし。
第一ホテルのバイキングで スリランカやら タイやら のカレーは食ったけど
町内会の蕎麦屋のカレーライス(グリーンピースのり)だって喰ってたんだよ。

その頃 俺が始めて 料理したホウレン草のベーコンバター炒めだけど
ちょこまか 作ったのは カレーだ。

幼戯で くだらい事を俺に言い続けた方々
50年以上経っても 俺はカレーを作り続けてるよ!
あんたがたに 食べていただきたい為にさ!
それは ライスカレーでも
カレーライスでもない
ただのカレーだよ!

2014年8月29日金曜日

Let’s Summon!或は 変遷する寄付の体系

この国の 交通違反の罰金は いろいろだった。
以前は、
異議申しだてをしないで支払えば150RM
異議申しだてをして 立証されると300RM
さらに いろいろの手立てを取れば ディスカウントしてくれた。

実質的に免許の減点制度が機能していないので
罰金を払わない輩が多く、
年末半額プロモーションがうたれた年が 何年かあった。

この数年は 厳しくなって 一律300RMになり、
一時は 半年以上 支払遅延は600RMだった事もある。

現社内スピードキング=罰金王の舎弟によると
今回貰った違反の罰金支払いは 
リボルディング払いみたいになっていて
一ヶ月以内の支払い 150RM
一ヶ月を超え一ヶ月半までの支払い 200RM
一ヶ月半を超えた支払 300RM と
支払体系が 細かくなっているそうだ。

払わない奴が 多いから 緩和したようだ。
制限速度を順守し、信号を守っている
善良な市民の俺には 関係ない話だ。

と思っていたら
寄付の依頼がやってきた。
誰が運転してたんだろうか?
おかしいな。

怒らないでね
遅い車(110km/h以下)を追い越すのには 
ちょっとアクセルを踏まなきゃならないから
 
 




2014年8月26日火曜日

2014年夏の旅の記憶 其の伍

朝 起きたら 横にはカンチが寝てた~♪

二人とも6時前に起きたので 徘徊希望者との集合時間迄
ボソボソと他愛の無い話をする。
島ちゃん、けい子ちゃん、直ちゃん、杉G、さくら&カンチと俺で
ゾロゾロ ヨタヨタと徘徊する。

 
 

働く自動車フェチのさくらが消防車を見つけて悶える。
コピ・ティアムの屋台で雲呑麺(ワンタンミー)、水餃(スイカオ)
猪腸粉(チーチョーファン) ビールで朝食。

ゾロゾロ ヨロヨロ ホテルに戻り チョット休憩って
ウトウトしてたら ツァー再開。
Sun Yat Sen Muzium孫文ペナン基地記念館で 歴史のお勉強。





昼食へGO

お目当ての店が見つからず 総勢14名で あっちにウロウロ
こっちにウロウロ。移転している事が分かり、移転先へゾロゾロ。
店の雰囲気が違うので パスして 中華系ブッカケ飯(経済飯)屋へ。
ビールが無い 無い 無い 無い~♪

土産物屋に行き 土産物に興味の無い俺が 外で大気汚染をしていると
ボブが隣の土産物屋にフラフラと吸い込まれていった。
出てくると手にはバティックのバンダナがあった。 
ローカルスーパーマーケットへ
御買い物しない俺は 速攻で冷えたビールを調達!

そしてまた 総勢14名で ゾロゾロ ウロウロと徘徊。
コピティアムで ギネスを呑む。
ホテルで休憩 明日の出発が朝6時なので
パッキングを済まし 荷物が増えない様に
残っていた「命の水」を呑み干した。
 

お任せ中華屋で夕食。ここは 旨かった!
 
 




 

夕食後 オープンエアのパブで 呑むが ビールしかない。
チョット強い酒が呑みたいな。
皆はホテルに戻り 俺、カンチ、勇造、ヒバリちゃんで反省会がてら
昨日2回行った店で ワインを呑む。
反省会も無事終了して ホテルに帰る。

嗚呼 カンチとの最後の愛の夜が ゆっくりと更けて行く。

朝 起きたら 横にはカンチが寝てた~♪も今日で終わり。

6時の真っ暗闇の中 ペナン空港に行き
国際線の入場ゲートで御一行様と 今日でお別れね~♪
勇造、ヒバリちゃんとチョットお茶して お別れして 独り国内線入場ゲートへ。
実は  ペナン空港は、入場ゲートを抜けると国内線と
国際線のターミナルは同じだったので
皆と再び会って やあやあ奇遇だね こんなとこで何してんねんとなるはずだった。

が 改修後初めて入ったターミナルは 国際線と国内線の待合ゲートが別れていて
皆に逢うことが出来ず ホントに 独りになってしまった。
KL行きの搭乗を待ちながら 
独り 震えるハンズ・ポーズをしている俺が ここに居る~🎵 

まだ 旅は途中だけど
ちょっとだけ 扉を開けて
日常の旅をしたら
また会おうね
 
 

2014年8月25日月曜日

番外編 誰もいない海 二人の愛を確かめたくて ペナン再訪

あれから一週間が経ち ペナンに御用事が出来たので
一泊する事にした。
あの旅の反省を兼ね チョット奮発して
Eastern & Oriental Hotelに一人でお泊りする。




皆で 潜り抜けたコムタのスーパーで赤ワインを購入。

二年前 このホテルで鯖丼が婚約した事を聞いたっけ。

情緒ある部屋は、一人の俺には チョットだけ 寂しい。
愛してる人と ここに泊まれたら良かったのに~。

恐らく ペナンでもっとも高いチャオ・クイテオを食べる。
どんなにお金を使っても 愛すべき人達が居ない夜は侘しい。


でも クイテオ美味しい。
100種類位の料理が並ぶと言う朝のビュッフェが楽しみだ。

そして 朝起きても 隣にカンチは寝ていないだろう。